2016年5月28日土曜日

ヘイトスピーチの裏側にある構造化された差別について


今日の朝日新聞は、川崎市長がヘイトスピーチをまき散らす在特会に公園の使用禁止を決定すると伝えています。これも朗報ですね。

「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」の働きが大きかったようです。市議会も市長に要請していますし、今年の3月3月には「ヘイトスピーチと差別の根絶を目指す決議」をしたそうです(神奈川新聞5月28日)。

しかし、川崎市自体が全国の自治体と同様、外国人への門戸を開放しながら、採用した外国人公務員には課長以上の昇進は認めず、一般市民に命令をする職務には就かせない(全体の2割)という、日本政府の見解に過ぎない「当然の法理」に基づく内部規約を作っているという事実は黙認されています。神奈川新聞もそのことは報道していませんね。差別とは構造的なものです。

福田市長はそれは「差別ではなく、区別」だと言ってましたが、ヘイトスピーチに対抗する市民のみなさん、市議会の先生方は、川崎市のその内部規約は差別ではないと思っているのでしょうか、それとも問題そのものを知らないのでしょうか。川崎のオモニは、川崎はドアを開いて後ろ手で閉めた、と言ってました。名言です。

差別を根絶するということは生易しいことではありません。現実には朝鮮学校に対する差別がありますが、まず当事者の闘いの歴史、差別の実態をしっかりと学ぶことが重要かと思われます。差別の根は、国民国家を絶対化するところにあるのではないでしょうか。市議会の先生方は、困るでしょう。うむ、外国人は公務員になってもいいが、「公権力の行使」や「公の意思形成」はやっぱり日本人蛇ないと言うでしょうね。

在特会は公園が使えなくてもデモを強行するでしょう。彼らを取り締まりデモをやめさせることはできないでしょう。同じ根が社会の中で構造化されているのです。差別のない社会とはどのようなことなのかを「当然の法理」を直視し、川崎市の在り方をとらえ直すことです。どうして外国人公務員は課長になれないのですか、どうしてやりたい仕事に就けないのですか?

参考までに
3年前に初めて在特会が川崎に来た時の印象を記しました。

2013年5月12日日曜日

特会が街にやってきた! Zaitok-kai is coming to Town!

http://oklos-che.blogspot.jp/2013/05/zaitok-kai-is-coming-to-town.html


在特会、排外主義、その通りです。しかし私は、「帰れ!」コールの人たちが排外主義とはなんで、在日が置かれている状況を少しでも聞いたことがあるのか、そしてそれはどんな問題なのか、自分とどういう関係があるのか自問したことがあるのか、深く考えたことがあるようには思えなかったのです。私はただただ黙って、殺し合わんばかりの喧噪のなかを歩いて行きました。


在特会のヘイトスピーチを許さないと立ち上がった市民のみなさん、差別の構造化とは何か、お考えください。「当然の法理」も初めて聞かれると思います。外国人に門戸を開放した川崎市が、採用した外国人の課長への昇進と市民に命令するような職務に就けない内部規約があることを知っていましたか。これこそ、在特会と通底するものです。戦後の在日の歴史として教科書にいまだに書かれている、「日立就職差別闘争」の当事者で、今でも日立に勤めながら原発反対の運動をしている朴鐘碩氏の書いたものです。川崎の地域活動は日立闘争から始まりました。
「民族差別との闘いー日立就職差別闘争」に映像をご覧ください。
http://www.nonukes-maker.com


2009年6月10日水曜日

「人権・共生」の街 川崎市の「当然の法理」―朴 鐘碩

http://oklos-che.blogspot.jp/2009/06/blog-post_10.html



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