2017年12月14日木曜日

第ニ弾:大阪市議会で採択された議案ーサンフランシスコ市が決定した慰安婦に反対して

大阪市議会が12月12日採択した議案を紹介します。大阪市議会議員提出案28号と30号の2つです。28号案はサンフランシスコ市が市民の寄贈した慰安婦少女像と碑文の受け入れをしたことに反対するもので、宛先は、衆参議院長、内閣総理大臣、総務・外務大臣になっています。

28号案は、SF市の「慰安婦像及び碑文の受け入れ並びに慰安婦の日制定に関する意見書案」です。最初にSF市が市民の寄贈した慰安婦少女像と碑文を受け入れ維持費のための基金と共に採択してLee 市長の署名した経緯を説明しています。

そして日韓両政府の「合意」したことに触れ、「歴史的事実」と「女性の尊厳と人権が戦場においても守られる世界」を目指すとしながらも、SF市の決定は日韓の「合意」の精神を傷つけ大阪市としては「看過」できないと述べています。

最後は、「国におかれては、慰安婦像の公有地からの撤去並びにサンフランシスコ市で制定した慰安婦の日の廃止に向けて、継続的に取り組まれることを強く要望する。」となっています。つまり、大阪市議会ではSF市との姉妹都市の「解消」も「継続」も決議できなかったので、国に委ねるということです。

安倍首相は吉本大阪市長からSF市長あての市議会決議に拒否権を発動するようにとの要望に賛同する手紙をSF市長に送っており、これは吉本市長が議会の賛同なしに姉妹都市の解消を通知することを前提に、その前に国の方からSF市に働きかけてほしいというかたちになっています。

次に30号案ですが、「サンフランシスコ市における慰安婦像及び碑文の受け入れ並びに慰安婦の日制定に対する反対決議案」で、宛先は大阪市会議長になっています。28号の提出者と同じで、内容も最後だけが違っています。ここでは、慰安婦像と碑文の設置及びアンフの歩の制定に対して、「2015年の日韓合意の精神を傷つけるもの」であり、「本市としては明確に「反対」する」ことを「決議する。」となっています。

これはあきらかに、28号案と同じく、市議会で姉妹都市の「解消」も「継続」もできなかったので、市長が断固SF市との姉妹都市の「解消」をすることのお膳立てをしたと見るべきでしょう。なぜなら、11月末の各派幹事長会議で市長は「解消」する旨を伝えているからです。「解消」に反対し「継続」を主張した自公もまた、維新と同じく(吉村市長は維新から出た弁護士で橋下元市長の後継者)、日韓両政府の「合意」を揺るがすことのできないものと理解し、結局は「合意」を進めた安倍政権を支える立場になっているのです。

共産党は「合意」に反する韓国政府を批判する立場に立っていましたが、これは産経や読売だけでなく、朝日や毎日も同じ主張であったのと同じであったと見ていいいでしょう。しかし自公に抗するという基本姿勢から、さすがに市議会での「反対決議」には加わらなかったということのようです。






大阪市議会はSF市との姉妹都市関係を決定できず、市長の独断で決定される

複雑怪奇、結局、大阪市議会ではSF市との姉妹都市「解消」も「継続」も否決され、すべて吉村市長の意思で進められることになりました。

大阪市議会の混乱と、市長の立場に対する説明
①姉妹都市「継続」、「解消」のいずれも否決(「解消案」は自公共の反対)。
②ただし、サンフランシスコ市が慰安婦像を市有化したことについて「看過できない」と批判する自民提出の決議案は、維新、公明、自民が賛成して可決。
③像や碑文の撤去について日本政府の継続的な取り組みを求める意見書を可決。
④姉妹都市解消に市議会の同意は必要なく、吉村洋文市長は議会後あらためて「週内に姉妹都市解消を決める」と言及。

つまり、大阪市議会ではSF市との姉妹都市関係については「解消」も「継続」も可決できず、姉妹都市関係は条例がないため、市長の独断で決められるということなのです。そして吉村市長は今週内に市長権限で姉妹都市解消を決めようとしてる、ということです。まだ決まっていません。市議会で賛成を得られなかったということ、SF市長が死去したこと、万博誘致を進めなければならないことをすべて勘案して最終的に、これから、決定するということです。わかりにくい!!

大阪市議会は、慰安婦像が市所有になったことを「看過できない」としたものの、像の撤去、碑文の変更を求めず、すべてを日本政府の取り組むに委ねると決議しただけということになります。さて、ボールを投げられた安倍は市長が死去したSF市になんと伝えるのでしょうか?

29年12月12日に大阪市議会が可決した内容
平成29年12月12日の大阪市議会可決下内容としては、サンフランシスコ市議会において慰安婦像にの設置の経緯と、最終的に市長が承諾する文書に署名したことを書いています。次に、日韓両政府が合意した内容として、「2015年12月に日韓両政府において、日本が多くの女性の名誉と尊厳を傷つけたとして責任を表明し、この問題を最終的かつ不可逆的にに完結すること、そして、今後国際社会においてお互いに非難・批判することを控えることで合意した」と明記しています。

そして最後の段落で、「しかしながら、サンフランシスコ市において慰安婦像及び碑文を設置し、それに合わせて慰安婦の日を制定したことは、2015年の日韓合意の精神を傷つけるものであると言わざるを得ず、姉妹都市である本市としても大変遺憾であり看過できるものではなく、本市会としては明確に「反対」するものである。」としています。

すなわち、大阪市としてはSF市との姉妹都市の「解消」も「継続」も決議できず、SF市が慰安婦像と碑文を設置したことと慰安婦の日の制定は「日韓の合意の精神を傷つけるもの」として「反対」しているのです。

しかしこれでは、日本軍慰安婦当事者のハルモニ(おばあちゃん)たちに事前に何の話もなかった日韓合意は両国の国会で審議されておらず、韓国側代表であった朴大統領は市民キャンドル革命によって退陣させられ、新たに選ばれた文大統領が韓国民の意思を尊重するという態度を全く無視したかたちになっています。

平成26年の大阪市議会が可決した内容
平成26年に可決したものは、内閣総理大臣その他の閣僚に当てられたもので、「昨今、強制連行の信憑性を覆す朝日新聞の記事などを受けて、事実に基づかない虚偽を繰り返し喧伝し、戦地に赴いた兵士や戦歿者の名誉と尊厳を厳しく毀損し、日韓関係を悪化させた一部報道機関に対する批判が相次いでいる」として、「不当に貶められた先人の名誉を回復し、現在及び未来に生きる日本人の誇りを守るため」という前文に継ぎ、3点記されています。

これは歪められたナショナリズムに偏するもので、河野談話のなし崩し的な解釈の変更を志向し、韓国人の考え、思いを理解しようとする姿勢に欠けています。

1.「慰安婦問題の経緯」で確認された事実につき、日本国及び日本人の名誉を早急に回復するべく、国際社会に向けて多言語で積極的な発信を行うこと。

2.日本国民の「知る権利」に応えるべく、正しい歴史認識を周知するための広報を推進するとともに、教科書が史実に基づいて記述されるように対応すること。

3.終戦(1945年)から70年、日韓基本条約締結(1965年)から50年の節目となる来年に向けて、「慰安婦問題の経緯」の内容を踏まえた「新たな内閣官房長官談話」を発出すること。

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平成2699日可決
衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、総務大臣、外務大臣、文部科学大臣、内閣官房長官 各あて
 平成584日の「河野官房長官談話」の発表から20年以上が経った現在、「慰安婦問題」は、沈静化するどころか、むしろ日韓間の最大の外交懸案となり、かつてない深刻な状況となっている。政府におかれては、本年、「河野談話作成過程等に関する検討チーム」が設置され、620日には「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯」(以下、「慰安婦問題の経緯」)が取り纏められた。
 一方で、昨今、強制連行の信憑性を覆す朝日新聞の記事などを受けて、事実に基づかない虚偽を繰り返し喧伝し、戦地に赴いた兵士や戦歿者の名誉と尊厳を厳しく毀損し、日韓関係を悪化させた一部報道機関に対する批判が相次いでいる。
 よって国におかれては、不当に貶められた先人の名誉を回復し、現在及び未来に生きる日本人の誇りを守るため、世界の平和と繁栄に寄与してきた戦後日本のたゆまぬ努力や女性をはじめとする人権を重んじる姿勢を内外に発信するべく、以下の項目を実現するよう強く求める。
                           記
1.「慰安婦問題の経緯」で確認された事実につき、日本国及び日本人の名誉を早急に回復するべく、国際社会に向けて多言語で積極的な発信を行うこと。
2.日本国民の「知る権利」に応えるべく、正しい歴史認識を周知するための広報を推進するとともに、教科書が史実に基づいて記述されるように対応すること。
3.終戦(1945年)から70年、日韓基本条約締結(1965)から50年の節目となる来年に向けて、「慰安婦問題の経緯」の内容を踏まえた「新たな内閣官房長官談話」を発出すること。
 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

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2017年12月13日水曜日

「民族差別について」の講演と大学生の反応

(1)横浜国大での日立闘争当該の朴鐘碩と私(崔)の講演

一昨日、12月11日、横浜国大で日立闘争の当該の朴鐘碩と私は、この4、5年恒例になった加藤千香子教授の日本の近代史の授業の一環として、「在日朝鮮人の差別」について話をしました。

加藤教授が先週、日立闘争のスライドを学生に見せ、在日朝鮮人の歴史と差別の実態について話をされ学生たちに書かせた感想と質問に応えながら、朴は主に日立入社後の体験を話し、私は、差別問題の根底にあると思われる、学生たちの無意識の「常識」と、おそらくあまり知らないであろう幾つかの事実を話しました。

朴は淡々と用意した原稿を見ながら話をしたのですが、私は130名の学生の間を歩きながら、学生たちに質問を投げかけ彼らに直接答えてもらうやり方を試みました。昨年、韓国の金民雄教授がされたやり方です。金教授は、日本の学生は下ばかり見て私の顔を見ながら質問をしないおとなしい学生たちだと言われていました。

(2)学生の反応

しかし今回、驚いたことに、前の席には座らず後ろに固まって、PCを見たり、下を向いて何かノートを取っているように見えた学生が、朴と私の話しにしっかりと向き合う感想文を書いていました。これまでの経験で、日本の学生の感想文は、講演者の意図を見抜き、それにうまく応える文書を書くと思っていた私は、彼らが私たちの話しをしっかりと受けめ自分の考えを書いてくれたように思います。

物事を深く考える「訓練」を受けていないという私に、加藤千香子さんは、そうではなく、深く考えない「訓練」を受けていると話されていましたが、今回の感想文は少し様子が違うようでした。

それは感想文が私たちの考えに近いというようなことでなく、私たちの話しの何に驚き、それに対して自分はどう思うのかという自分自身の感想、意見を書いていたことでした。

もちろんすべてがそうではありません。数行の感想しかないものもありますし、日本社会に差別がありそれに不満があるのであれば帰国するか、帰化すればいいという類のものもなかにはありました。数%、10%未満ですね。

やはり日本の教育制度と社会の中で深く考えさせない「訓練」を受けていても、若い人の感性は何かを求め、そして自分で考えて生きていこうという可能性を秘めているのだと思います。実際日本の大学は、理工科中心で教員を実務にしばりつける傾向が強いようですが、学生の可能性を受けとめ、さらに深めていく大学のあり方が求められると強く感じました。

(3)朴鐘碩の講演の感想

朴鐘碩の事前に準備された整然とした経験談、考えに関しては、日立との裁判闘争の間の苦みと、その後の日立入社後の経験にほとんどの学生が驚嘆していました。教科書に書かれた内容や日立闘争を知る或いは関わった人が、闘争の「成功談」的な要素、すなわち、日本人と韓国人が協力しあって民族差別と闘い、裁判においても、実際の運動においても勝利して入社したところまでしか語らないのに、学生たちは、入社後の朴の、言うべきことは組合や会社に対してもしっかりとものを言うという態度、生き方に共鳴しているようでした。自分が入社した会社で同じことが出来るだろうかという不安と、しかししっかりとものを言う生き方が実際、あるんだということを彼らは知ったようです。

実際に差別にあった当のご本人から、そのときの様子や心情をお聞きできるというのはとても貴重な体験だったと思う。今まで差別というのは形でしか認識していなかったが、生の声で経験団として語られる差別を認識するのは全く別物のように感じた。」

講義でスライドを見るのと、実際に話を聞くのでは伝わる言葉の深さが全然違うと思った。朴さんの話のなかで印象的であったのは、春闘や役員の選挙の結果が元々最初から決まっていたという話、そして原発メーカーである日立が原発事故に後も原発を作って輸出すると言っている、という話だ。あまりはっきりとは知らない事実がはっきりとわかった。

朴さんのお話を聞いて、実際に差別を受けた人の生の声を聞いて、差別は人を深く傷つけてしまうと改めて感じた。労働者抑圧の例話は、日本の戦争時代のような、「誰もあらがえない雰囲気」と言うものの存在を感じて、朴さんがいう「労働者と差別の関係性」が分かりました。

争っていた相手先に就職するというのはとても勇気のいる行動であったと思いました。そのような差別を受け、行動したという経験があったからこそ、職場のおかしいところを見抜いて行動をおこそうとしたことにつながったのであろうと考えました。

(4)私(崔)の話の概要

私は冒頭、「日本という国は日本人のものだと思っていないか?」という問いから話をはじめました。この言葉に多くの学生が驚いたようです。そんなことは当たり前で考えたこともなかったからです。次に私は、在日のような選挙権のない外国人も日本社会の構成員だと思うか、と問い、構成員であるならば自分が住む社会を良くしたいと思うのは当たり前ではないかと言い、具体的に「当然の法理」という政府見解によって、地方公務員の門戸は開放されたが外国人は課長以上には就けず、市民に命令する職務に就けないという全国の地方自治体の実態を説明しました。

それと原発事故を起こした原発メーカーには責任がないという原子力損害賠償法がいかにおかしいのかという話をしました。この原賠法のように法律で定められていてもおかしいものはおかしいと私たちが原発メーカーを提訴することができたのは、私たちが日立闘争勝利の後、川崎の地域で住民から、法律で決められているからといって同じ税金を払っていても児童手当や年金は日本人に限るというのはおかしいのではないかと尋ねられ、川崎市と交渉して児童手当などを勝ち取った経験があり、人権は法律よりも重要だということを学んだからだという話もしました。

(5)崔の話し対する学生たちの反応

崔さんの話で印象的だったのは、「日本は日本のものなのか?」「選挙権をもたない外国人は日本社会の構成員なのか?」という議論だ。自分の認識をもう一度見つめ直すきっかけになったと思う。法律よりも「おかしいことはおかしんだ」と言うことが大事、という言葉は特に印象に残った。

「私たち(韓国人)は日本の構成員なのでしょうか。」崔さんのこの言葉を聞いて、衝撃を受けました。税金を払っているのに、年金制度などの福祉を受けられない(受けられなかったー崔)、地方公務員のある一定以上の役職に就けない、原爆が落とされたとき、朝鮮の人は日本人よりも救いの手をさしのべてもらえなかった・・・。この事実より考えると、果たして日本の構成員といえるような立場であるのかと疑問が湧きました。これを聞いて思ったことは、大切なことはその事実を追求するよりも、現在の日本に住む様々な方々の「立場」を明確にすることだと思います。法律にせよ条例にせよ憲法にせよ、うやむやにしないではっきりとした言葉がもりこまれることを望んでいます。

崔さんのお話は私たちの中に無意識のうちにはびこっている差別や固定観念がこんなにも人種や国のちがう人を苦しめているのかとびっくりしました。

崔さんは3・11の福島事故原発事故で、国籍を超え日本社会を変革することを提案したが、日本の意見で多かったのが、「朝鮮人は日本から出て行け」というもので、外国人を排除しようという態勢はおかしいと思いました。在日外国人は日本にいれば当たり前の前のように税金を払うが、法律は日本人にのみ適用されるということで児童手当や年金が受け取れないという内容は明らかに差別だと感じました。話を通して、現在の日本でも外国人差別があることは明らさまであるため、国として差別を撤廃できるような政策は前向きに行っていくべきだと考えます。

(6)排外主義的、現実的な意見もありました

私たち二人の話に賛同した学生ばかりではないということも事実です。ほとんどが1年生なのに、政治活動は就職に「悪影響」があるという意見もあり、また帰化するか、帰国すればいいのにどうして出ていこうとしないのか、外国人への「ある程度の制限」は当然という意見もありました。ヘイトスピーチのリーダーのアジ演説が受け入れられる素地がここ(横浜国大)にもあると感じました。

二人目の人(崔)は何をこちらにさせたいのか全くわからない。あなたみたいに政治活動をしろとでも?それが就職に悪影響を与えると理解していながら?

外国人に対して日本人とまったくおなじように待遇をしてしまうと、どんどん日本に貧しい外国人が流入してしまい、日本を日本人以外の人に乗っ取られてしまう気がする。日本は治安もよく、製品も安心安全でインフラも整備されており、また賃金も高く住みすいからだ。そのため、外国人に対してある程度の制限を設定するのは当然のことだと思う。そのような制限が嫌だと言うのであれば、帰化するなり、自国に帰るなりするのがよいと思うが、どうして出ていこうとしないのだろうか。

会社が凝固して自浄作用がはたらかないんだなと思った。・・・日本国籍をとりづらいのかわからないが日本国籍とればいいのではないかと思った。

(7)横浜国大の学生の感想文を読んで

全体として感想文がよく書けているというより、率直な感想を書いてくれたなと思います。
代表的なものを下に記します。日立闘争の後も川崎での国籍条項撤廃(「当然の法理」)、そして3・11以降も原発メーカー訴訟を提起した二人は何か特別な活動家に思えたことでしょう。しかし加藤千香子教授の日本の近現代史の授業を選択した彼らは、彼女の考えから設定された戦後日本の民族差別の授業を受け、たまたま日立闘争の当該に出会い、原発体制に挑もうとする在日の話を聞くことになったのです。興味もあったでしょうが、「実物」の実際の話しに当惑し、何かこれまで聞いたことのないような考え方、生き方を知り、ある種の衝撃を受けたのでしょう。まさに加藤さんが願った結果があったと言うべきでしょうか。

しかし問題はこれからです。そもそも教育は上の者が押し付けるものではないと私は考えています。数回の授業や、数年の学校生活で「生き方」(主体性とか、アイデンテイテイでもいいのですが)をマスターしたり、教育なるものが上の思惑通り行くはずがないのです。あくまでも本人の生き方の問題だと私は思います。自分のこれまでを考えても、自分の子供を見てもそう思います。その意味で、私たちの話したことで学生諸君が何かを感じたり、考えたりするきっかけになったとすれば、私たちにとっては大きな喜びです。それ以上でも、以下でもありません。またいつか、どこかで出会うことがあれば、声をかけてください。

きょうのお二人の刺激的なお話は私の今までの価値観やものの考え方を揺るがすとても刺激的なものだった。お二人に共通している信念として、みんなが普通だと思っていること、見過ごしていること、当たり前だと思っていることに”おかしい”と疑問を持ち政府や企業に立ち向かう強い意志を感じた。とても貴重なお話を聴かせていただけたことをうれしく思った。自分の思い込みに疑問を持てるようになりたいと感じた。





2017年12月12日火曜日

核兵器は絶対悪(サーロー節子さんのノーベル平和賞の受賞講演にて)




サーロ―節子さんの、ノルウェーのオスロで10日にあったノーベル平和賞の授賞式典での講演です。すばらしい内容です。全世界の被爆者の苦しみと悲しみ、怒りを代表して話されたことに大きな意義を感じます。

全文を上に掲げましたが、その中でも私が注目した個所をご紹介します。

広島と長崎の残虐行為を戦争犯罪と認めない人がいます。彼らは、これは「正義の戦争」を終わらせた「よい爆弾」だったというプロパガンダを受け入れています。この神話こそが、今日まで続く悲惨な核軍備競争を導いているのです。

9カ国は、都市全体を燃やし尽くし、地球上の声明を破壊し、この美しい世界を将来世代が暮らしていけないものにすると脅し続けています。核兵器の開発は、国家の偉大さが高まることを表すものでなく、国家が暗黒のふちへと堕落することを表しています。核兵器は必要悪ではなく、絶対悪です。」

核兵器は絶対悪であり、広島・長崎に原爆は決して戦争を終らせるための「よい爆弾」であったのではなく、その原爆投下は決して正当化されてはいけないものであった、と彼女は語るです。

私はサーロー節子さんのこの言葉を聞き、韓国の広島と言われているハプチョンの韓国人被爆者のことを思い出します。今、4人の被爆者がアメリカ政府、韓国政府、原爆製造者を相手に、広島・長崎での原爆投下への謝罪と賠償金を求める調停申請をはじめました。4人の被爆者と20名の弁護士がはじめました。まもなく、韓国政府の正式な見解が出される予定です。

しかし私は調停では決着が就かず、早晩、アメリカでの本格的な裁判になるものと思います。それは韓国人被爆者だけでなく、日本はもちろん、世界中の被爆者が原告になり、アメリカ政府の広島・長崎での原爆投下は許されないものであり、謝罪と賠償金を求める闘いに裁判闘争になるでしょう。

そこではいかにアメリカ人だけでなく、世界中の人が信じさせられてきた、「正義の戦争」を終わらせた「よい爆弾」だった」という認識、歴史観は誤りであることを事実をもって歴史的に証明するのです。戦後70年世界中に撒き散らされたプロパガンダ、「神話」が崩壊します。被爆者のはじめる裁判闘争を、世界中の核兵器の廃絶、そして過酷事故と住民の建康を蝕む原子力発電の廃止・撤廃を求める市民が一緒になって支援するのです。

12月12日の朝日新聞の社説では、「9月から署名・批准がはじまた核禁条約は、50カ国が批准すれば発行する。現地点で批准は3カ国 にとどまる。」とあります。核兵器禁止条約が国連で採択されても、実際の発行までは予断を許せない事態であるということです。「各国の政府にとって無視できない世論」を作るため、2年以内に批准、発行が可能になるように、「核保有国や核に依存する国の民意に直接、訴えかける運動」がICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン」で展開されようとしているそうです。

この運動を成功させるためには、実際にアメリカが広島・長崎に原爆投下したことはいかなる意味においても正当化されない、「絶対悪」であったということを世界中に知らしめなければなりません。被爆者によるアメリカ政府の謝罪と賠償金を求める裁判は世界中から注目され、世界の反核、反原発を求める市民の運動体が一致して被曝者を支援していくことになることを願うのみです。


2017年12月10日日曜日

これまで書き貯めたものを整理しました

明日横浜国大で日立闘争の当該の朴鐘碩と、このところ恒例になった加藤千香子教授の日本の近代史の授業の一環として、「在日朝鮮人の差別」について話をすることになっています。

加藤教授は先週、日立闘争のスライドを学生に見せ、在日朝鮮人の歴史と差別の実態について話をされ、学生に感想と私たちに対する質問を書いてもらい、それに応える形で私たちが話をすることになります。

日立闘争を初めて知り在日の受けてきた差別の実態に驚き、差別はあってはいけないという感想を書く学生が多いのですが、差別を生み出してきた日本社会の中にあって自分が人間らしく生きようとするとき、その問題と自分自身はどのように関わるのかという問いを発する学生はほとんでいません。やはり、他人事なのです。

全体として成績の良い学生なのでしょうが、深く物事を考えるという訓練がなされていないという印象を強く持ちました。しかしこれは彼らだけの傾向でなく、戦後日本の歩みの結果であると思うのです。もし私たちの話に関心があるのであればと思い、これまで書きためてきたものを整理し紹介するつもりです。同時代を生きる者として新たな対話がはじまればいいのですが。





これまでの資料の整理
崔 勝久
2019/12.10

1)ライフヒストリー(個人史)
個からの出発

20-60年代別リスト

 差別社会の中でいかに生きるか(20代)
 歪められた民族観(30代)
川崎における地域活動(30代)
 個からの出発(40代)
 <川崎方式>の本質について(50代)
日立就職差別裁判30周年を経て見えてきた地平(50代)
国籍条項問題とは何か(50代)

私の在日朝鮮人としての歩み(於横浜国大)

私のライフ・ヒストリーについて(横浜国大)

「捨てられた石」ー在日として生きて来て見い出したこと(於大阪ハニルチャーチ)
 
ハンギョレ新聞
201474日金曜日
原発メーカー訴訟は資本主義の核心に触れるー韓国ハンギョレ新聞のネットマガジンより
2)ファミリー
「「在日」の世界ー力道山と親父」

 「力道山の世界」から思うこと。
   
昔の写真(2) 力道山関係

2011222日火曜日
昔の写真、力動山・白井義男・ベビーゴステロ・親父

2017512日金曜日
私の家族史から、在日を日本の戦後史の中で捉える試み(「在日」の世界ー力道山と親父)

90歳のママに乾杯!」  

その後のママに乾杯!  

個人史―私の失敗談(その1)

個人史―私の失敗談(その2、スクラップの時の思い出―娘の事故)

 個人史―私の失敗談(その3、レストランを始める)

個人史―私の失敗談(その4、素人のレストラン経営)
個人史―私の失敗談(その5、お母さんたちの問題提起)

個人史―私の失敗談(その6、全てを失い新たな旅路へ)

3)釜ヶ崎の本田神父との対談
20111011日火曜日
釜ヶ崎の本田さんとの対談ー(その7)隣人を具体的に愛することがすべて

20111010日月曜日
釜ヶ崎の本田さんとの対談ー(その6)人は教会で救われるのではないー福音を生きるということ

釜ヶ崎の本田さんとの対談ー(その5)野宿者支援と反原発をつなぐ視点について

釜ヶ崎の本田哲郎さんとの対談ー(その4)行政と一体化するNPOと運動体の位置

釜ヶ崎の本田哲郎さんとの対談ー(その3)釜ヶ崎の中の外国人

釜ヶ崎の本田哲郎さんとの対談ー(その2)寄場に変化はあるのか

釜ヶ崎の本田哲郎さんとの対談ー(その1)「良寛さんみたいな人や

寄せ場での闘いのあり方をめぐる本田、奥田「論争」についてー寿町での聖研を通して

)在日に関する論文
●「原発体制と多文化共生について」『戦後史再考』(平凡社 2014)
●「『日立闘争』とは何だったのか」、「『共生の街』川崎を問う」加藤千香子・崔勝久共編著『日本における多文化共生とは何かー在日の経験から』(新曜社  2008)

「在日朝鮮人問題」についてーー「日本人」キリスト者へ」(1970)
川崎における地域活動ー民族運動としての地域活動をめざして[1975年4月1日]file:///C:/Users/S_O/Desktop/dahlia/Sai/new_page_77.htm
「国籍条項問題とは何かー川崎市当局との交渉から見えてきた地平についてー」file:///C:/Users/S_O/Desktop/%E5%B0%8F%E9%87%8E/140517%20Che%E8%A8%AA%E5%95%8F/130913%20OKLOS%E5%B7%9D%E5%B4%8E%EF%BC%9A%E6%A4%9C%E8%A8%8E%E8%A9%A6%E6%A1%88%E7%B4%A0%E6%9D%90/Sai/new_page_12.htm

日立闘争30周年を経て見えてきた地平(2000/6/10) file:///C:/Users/S_O/Desktop/dahlia/Sai/new_page_91.htm

「川崎方式」の本質について―日本社会の右傾化と在日の主体性―(2004/12/4

●「人権の実現ー『在日』の立場から」斎藤純一編『人権論の実現』(講座全5巻「人権論の再定位」、法律文化社 2011)



●「外国人の地方参政権についてーこれは外国人への権利の付与の問題なのか」ブックレット『外国人参政権(靖国・天皇制問題情報センター発行)

●「東日本大震災を「在日」としてどのように捉えるのか――地域変革の当事者として―」 鈴木江里子編『東日本大震災と外国人移住者たち』(明石書店 2012

「在日朝鮮人に対する同化教育についての考察―解放後における大阪を中心に―」
日立就職差別裁判資料集NO2 1972年6月10

●差別社会の中でいかに生きるか--朴君の訴訟を手がかりに(朝鮮研究 (106), 2-17, 1971-07 日本朝鮮研究所 Tweet 各種コード NII論文ID(NAID) ISSN ..―20代の論文

「在日」である私が佐野眞一の『あんぽん 孫正義伝』を読んだ感想

5)主な主張(地域論、国際連帯論、多文化共生批判)
●崔勝久 「日本のキリスト者へ、市民の国際連帯運動への呼びかけ」『福音と世界』11, 2013

●「地域の変革と国際連帯の運動によって日本をよりよい社会へ」月刊『社会運動』388,389号 2010

●「植民地主義に抗する国際連帯を地域から」『部落解放』4,5月号 2013

国際連帯を求めて<一国主義の克服>


国際連帯と地域の民主化は同じ根ー川崎の実例は全国の先駆け

20111226日月曜日
原発体制を問うことから地域社会の変革を

地域の変革と国際連帯の運動によって日本をよりよい社会へ
http:// oklos-che.blogspot.jp /2013/05/blog-post_15.html

地方自治体の在日差別・抑圧の根は何か
http:// oklos-che.blogspot.jp /2013/04/blog-post_6.html

「在日」の生き方と地域問題への関わり方(その1)ー病んでいるのは日本人社会
「在日」の生き方と地域問題への関わり方(その2)ー病んでいるのは日本人社会

選挙権のない外国人もまた日本社会の構成員、この意見が日本社会で通じるのか?
http://oklos-che.blogspot.jp/2017/10/blog-post_23.html

地方自治体の在日差別・抑圧の根は何か
 日本社会は「韓国人を殺せ」とデモすることを、言論の自由とするのか?

国際連帯と地域の民主化は同じ根ー川崎の実例は全国の先駆け

「東アジア史と日韓関係」池明観先生の講演会に参加してー新たな課題の発見

2012413日金曜日
東京湾臨海コンビナートが危ない! ここにも安全神話が

3・11のときの千葉のガスタンク爆発は他人事ではない(201232日)
http://www.oklos-che.com/2012/03/blog-post_02.html

津波への備えのない、エコ発電都市川崎の実情を目撃(201196日)
http://www.oklos-che.com/2011/09/blog-post_06.html

「隠された東京湾炎上」ー川崎は想定外の地震でどうなるのでしょうか(2011817日)
http://www.oklos-che.com/2011/08/blog-post_17.html

エコ発電都市(環境都市)川崎の陥穽(2011628日)
http://www.oklos-che.com/2011/06/blog-post_28.html

川崎臨海部に地震による異変が起こったのか? ー日経新聞川崎版より(2011610日)
http://www.oklos-che.com/2011/06/blog-post_10.html

講演:東日本大震災をどう受けとめるかー日本の地震防災工学の「権威」の濱田教授(201169日)
http://www.oklos-che.com/2011/06/68-20071020093-2003320053-199320091.html



6)西川長夫さんに関すること(植民地主義論)

歴史の不条理に立ち向かうということー原発体制は植民地主義という仮説

「当然の法理」に対する西川発言の真意が明らかになりましたー西川さんからのお手紙から

いま、どうして植民地主義を論じるのか(1)私の問題意識

いま、どうして植民地主義を論じるのか(2)ー西川長夫の「植民地主義の再発見」
http://oklos-che.blogspot.com/2016/10/blog-post_54.html

「多文化共生」は、現代の植民地主義のイデオロギーです

歴史の不条理に立ち向かうということー原発体制は植民地主義という仮説

2017829日火曜日
こんな文書がありましたー「祈り」について(上野千鶴子2011315日)

●「民族差別」とは何か、対話と協働を求める立場からの考察
1999年「花崎・徐論争」の検証を通して」(『ピープルズ・プラン』52号、2010

「在日」作家、徐京植のNHK番組を観てー『フクシマを歩いて・・・私にとっての「3・11」』
http://www.oklos-che.com/2011/08/blog-post_31.html




7)日本軍慰安婦・被爆者問題・ヘイトスピーチ

20171124日金曜日
大阪市の市長が、23日、ついにサンフランシスコ(SF)市との姉妹都市解消を最終宣言

大阪市のサンフランシスコ市への「宣戦布告

20171112日日曜日
反核・反原発・反戦の国際連帯運動に向けて、日本軍「慰安婦」問題ーブックレットの紹介

20171119
吉見義明著『草の根のファシズムー日本民衆の戦争体験』を読んで

20171114
柳美里の本をお勧めします。

2017117
被爆者自身による魂の叫びとも言える『被爆韓国人』を読んで

20171029
笹本征男著『米軍占領下の原爆調査ー原爆加害国になった日本』(新幹社)を読んで

201792
日本で公開されていない、もう一つの朝鮮人「殺人」ー原爆投下の現場で何が起こったのか?

2017722
ヘイトスピーチに抗するために
「ヘイトスピーチとの闘い」の講演会に参加して
http://oklos-che.blogspot.com/2017/07/blog-post_20.html 

2011318日金曜日
「じゃかあしい!日本から出ていけクソ朝鮮人!! 」Twitter社はこの発言を許すのですか?

2017716日日曜日
在特会系の川崎でのヘイトスピーチ・デモを「粉砕」した市民の「勝利」について

日本社会は「韓国人を殺せ」とデモすることを、言論の自由とするのか?

8)原発問題に関する論文
●『原発とキリスト教―私たちはこう考える』新教出版社 2013

『反原発の思想史』を読んで

201228
<原発体制>考える二つの視点

一人の人間として、市民として生きることー原発体制に抗して

201482
講演:原発メーカー訴訟とは何か~福島事故は戦後日本のあり方の必然的な結果~

原発は差別の上で成り立つ
201482日土曜日 講演:原発メーカー訴訟とは何か~福島事故は戦後日本のあり方の必然的な結果~

日本のキリスト教会にイエローカード

原発体制を問うことから地域社会の変革を

原発反対に日の丸は必要なのか?
http://oklos-che.blogspot.jp /2013/06/blog-post_14.html

2016120
「川崎南部、在日コリアンの生活史を市民の宝物に!」を論ず

大澤真幸の『夢よりも深い覚醒へー3・11後の哲学』を読んで、深く共鳴

原発は差別の上で成り立つ(白井聡、水野和夫の書評)

●あの韓国の論客の金鐘哲氏の新聞コラム(1)ー原子力と人間性の喪失

●「原子力事故、次は韓国の番だ」ー3・11韓国における講演の紹介
http://www.oklos-che.com/2012/03/3.html

2014419

●「原子力事故、次は韓国の番だ」ー3・11韓国における講演の紹介
http://www.oklos-che.com/2012/03/3.html

韓国内での甲状腺ガン被害者集団訴訟の動きが始まる

2014817
朝日新聞の広告に疑問、朝日を批判します。(放射線に関して)

20141031
判決文全文:韓国古里原発、甲状腺がん認定資料、李さんを日本に招聘しよう

2014129
韓国内での甲状腺ガン被害者集団訴訟の動きが始まる

東芝への原発事業撤退と原発輸出中止を求める公開質問状

日立が原発をつくり続けるのはなぜかー民族差別についての公式謝罪文書を手掛かりにして 

40年前の在日の「日立闘争」がどうして今の原発体制、「メーカー訴訟」に関係するのか? 

TV放映された「トモダチ作戦」の黒人弁護士と会って

市民の脱原発のネットワークをー「脱原発で市民連帯、核軍縮へ」



No Nukes Asia Actions (NNAA) 出発にあたって:原発輸出と闘うべき理論的根拠の確認

韓国からの報告ー多くの出会い、韓国の実態の目撃

台湾5日間ー反原発の国際連帯を求めて

深刻な事態になっています。台湾の反原発運動の現状に関するレポートです

危機的な状況に瀕したモンゴルを訪れて

安倍首相はモンゴルで何を話し合ったのかー公表されていない内容の推測
http:// oklos-che.blogspot.jp /2013/04/blog-post.html

素晴らしい出会いでした(その1)ー台湾、フィリピン編

素晴らしい出会いでした(その2)ーインドネシア編
「日本、トルコへ原発輸出」安倍、胸を張る
http:// oklos-che.blogspot.jp /2013/05/blog-post_4.html

9)講演会レジュメ
講演会のご案内:『日韓のはざま・在日の視点から見える世界』のレジュメ

201452日金曜日
原発メーカーの責任を問うた在日の考察ー韓国の季刊誌『緑色評論』に投稿


日立闘争に関わった在日から見た「原発体制」と「多文化共生」の考察ノート

201429日日曜日
講演の骨子:「世界から見た日本の原発問題―原発体制に抗する国際連帯を地域から」

原発体制と地域社会を繋いでみる視点、それは在日への差別を直視したから

今夜、たんぽぽ舎での講演レジュメ:日本の運動の一国主義的な閉鎖性を乗り越えて=市民による国際連帯運動の拡がりを  

20131124日日曜日
講演内容:アジアのキリスト者との連帯で戦う原発メーカー訴訟 -在日コリアンの視点から-

参考文献:アジアのキリスト者との連帯で戦う原発メーカー訴訟 -在日コリアンの視点から-

201646日水曜日
レジュメ・<「脱原発」の思想・「在日」としての私の生き方>原発メーカー訴訟・本人訴訟の射程

レジュメの公開ー「捨てられた石」~在日として生きて来て見い出したこと
明日、信州沖縄塾で話しをすることになっています。

講演:原発メーカー訴訟のとは何か~福島事故は戦後日本のあり方の必然的な結果~

10)その他論文リスト
201199日金曜日
3・11フクシマ原発事故についてー「ナショナリズム」・「信仰」という観念の克服を

2011517日火曜日
被災地で考えたことー日本の加害者性について


2017713日木曜日
福田紀彦 川崎市長への公開書簡

地方自治体の在日差別・抑圧の根は何か

1) 原発メーカー訴訟弁護団を批判する
弁護団がメーカー訴訟の提起者を原告から「追放」する真の理由は何か(その1)
20141219
弁護団がメーカー訴訟の提起者を原告から「追放」する真の理由は何か(その2)

20141212
みなさんに訴えます。弁護団の嘘とでっち上げでぬりかためた文書に騙されないでください。 

2014126
「弁護団による崔勝久事務局長の訴訟代理人辞任に対する 抗議と撤回の申し入れ」の公開 


2014122
原発メーカー訴訟弁護団から送られた「公開禁止」の通知書を公開します

原発メーカー訴訟の会 事務局長としての見解

10・4合同会議における問題発言に対する原発メーカー訴訟の会の事務局見解

原発メーカー訴訟の会の事務局は、「混乱」解決に全力を尽くします
201499
原発メーカー訴訟の始まりの事実経過と現在の問題

2014720日日曜日 今後の闘いへの決意表明