2016年9月28日水曜日

田島伸二「南京虐殺紀念館の訪問で、日本人の1人として歴史を考えてみた」

これは7年前にFBに書いたことです。今年(2016年8月6日)、大邱市で開催された慰霊祭に参加したとき、みんなを代表して挨拶せよと崔さんから要請され、私は挨拶に立って、謝罪の言葉を口にしたことがあったのですが、中国の南京でも同じような体験がありました。その時の模様をブログに書いていましたので、ご参考にお送り致します。


韓国の大邱市では、私の謝罪の言葉に激しく反応し、これを批判した大邱市の中年女性がいたのですが、実際に彼女と向き合ったときには、彼女は口にした土下座を求めるたのではなく、彼女からハグを求めてきたのです。そこで私は、その中年女性としっかりハグしながら、「謝罪」の言葉を口にしてつくづく良かったと思っています。

    「南京虐殺紀念館の訪問で、日本人の1人として歴史を考えてみた。」
                             田島伸二 2009年
2009年3月24日、私たち3人は、中国の南京市にある南京虐殺紀念館(正式名称は「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館)を訪問しました。そして大学の友人を通じて依頼した戦争生存者の体験談などを3時間にわたって聞きました。今年83歳(1927年生まれ)になるという常志さんという男性は、日本軍によって両親や姉妹など10名の家族を子どものときに殺された体験をもつ生存者でしたが、彼の体験談は実に衝撃的なものでした。彼が間近かに体験したことを涙ながらに語られました。

「10歳のとき、家に乱入してきた日本兵に母親と妹が銃剣で何度も突き刺されて殺された」そうです。日本兵に、「お母さんを殺さないでと、彼は後ろから兵士の足にしがみついて頼んだ」そうです。しかし日本兵は銃剣で何度も刺し続けたそうです。そして死体から、耳輪やネックレスなど貴金属を探して剥ぎ取って行ったそうです。 彼は実に克明に記憶していました。誰だって家族が殺された日のことは忘れないでしょう。こうした体験談は、これまでは他人には話したくなかったそうですが、祈念館ができたころから戦争体験を積極的に話すことに決めたそうです。こうした話を聞くのは、日本人としては実に辛いものでした。

これは広島の被爆者の原爆体験なども含め、戦争体験などを直接本人から聞くことは、実に大きな意味を持っていますね。祈念館の広大な施設と展示内容を見たときにはさらに驚きましたがそこで見たものを描写するには何千枚原稿用紙があっても足りませんね。

今日のように南京虐殺が「幻(まぼろし)であったとか捏造(ねつぞう)であったとか言われている時代ですから、日本人の1人として歴史を真摯に考えてみたかったのですが。こうした事実を否定する日本人とはいったい何者なのでしょうか?どこからそういう見解を引き出してくるのでしょうか?もちろんたった一回記念館を訪問したからといって、事実がわかるとはとてい思ってはいません。しかし私はこれまでに韓国、フィリピン、ビルマ、パプア・ニューギニア、ラオスなどで多くの戦争の傷跡を見たことや聞いたことがあります。こうした体験のもとに事実を確認したいとも思ったのです。

私が驚いたのは、たくさんの展示品の中に、南京での虐殺に参加した元日本軍の兵士のたくさんの証言があったことです。帰国しても良心の呵責に耐え切れず告白した元日本軍の兵士のたくさんの声が、多数録音されていました。それは日本国内で記録されたもので(現地ではなく)それが相当数に上っているのです。こうしたねつ造などは考えられません。また兵士の従軍日誌などもたくさん遺されているのには驚きました。これには現地にいた欧米人の多数の記録も残っています。また金陵女子大学へ女学生を挑発し慰安婦とするために夜な夜なトラックで出かけていた日本兵の証言もありました。日本ではほとんど公開されてもいないものばかりです。

なぜ日本では、あれだけ膨大な数の日本軍人が南京攻略に参加したのに、肉声すら残すことが出来なかったのでしょうか?現地の人々は膨大な形で証言しているのですよ。 その理由をいろいろと考えてみましたが、それは結局、日本軍人は非常に多くの殺戮を中国大陸で行ったために、戦後は戦犯として処刑される怖れがあったからですね。だから帰国後は誰も彼も一斉に口を閉じたのです。
そして戦場での過酷な戦争体験をもつ父親たちが、自分の子どもたちや家族に一切何もしゃべらなかたのはそういうことです。なぜ兵士であった父親がなにもしゃべらなかったのか、家族の中にも不思議がる人は大勢います。戦後の日本政府の公式記録でも、中国大陸全体で約1000万人以上の人々が殺されています。中国では2000-3000万人と言っています。南京は当時は中国の首都でしたから膨大な人々が殺されたのは明らかなのです。しかし事実を認めようとしない態度をマスコミなどが形成してしまったのです。

南京という当時の首都を占領する戦争では、多くの一般市民の目や耳が多数存在しました。なにが起きだれが殺されていったか、彼らはなにもかも証言しているのです。もしこうした戦争が東京や大阪で行われていたら、一般市民の目や耳が苦痛を感じながらも、すべてを記憶し、戦後容赦なく発言していったことでしょう。

そしてなによりもショックだったのは、これまでよく認識しているつもりでしたが、日本の新聞を含め新聞や雑誌などのマスコミが、戦争中に日本国民をどれだけ徹底して戦争行為へと扇動する道をとっていたかということです。そのためには「中国人」を「チャンコロ」とか朝鮮人を「チョン」とか「半島人」と言って馬鹿にしたり蔑んだりする意識を子どもたちに教育を通じて植えつけていたことでした。もちろんアメリカやイギリスも「鬼畜米英」と呼んでいたのですから。

そうやって日本軍は、朝鮮半島や大陸への侵略を続け、人々を「下等民族」というレッテルを張り続けていたのでした。そして満州とか台湾とかアジアの権益を奪いに行ったのでした。それはすべて軍部の下、文部省が行っていたことでした。日本は小さな島国ですから、大陸の富はまるで日本の「桃太郎」が鬼が島へ鬼の征伐に行くようなものでした。金銀財宝(石油、石炭、豊富な鉱物資源)などを有り余るほど、持ち帰ることで、大陸への侵略を行っていたのです。

これを煽った教育とマスコミの罪とはたとえようもないほど大きなものです。そうした当時の日本の新聞や雑誌などが展示されているのです。そうした出版物が、現在、日本のどこかの博物館に展示してありますか?きちんと保管してありますか? はい、それはみな隠してありますね。あるいはみな廃棄して忘れようとしています。これが日本の歴史教育の実体ではないでしょうか?

私にはひとつわからないことがありました。それは日本の軍人たちは、戦争中に女性を強姦した後は、必ず事後に彼女たちを殺しているのです。「なぜなんだろう?」と思っていましたが、それは展示写真を見ているうちにわかりました。それはつまり被害者の口を封じるためだったのですね。当時、日本軍の軍事侵略は、欧米や国際連盟からも非常に厳しく批判されていましたから、そうした暴行などの証拠は極端に隠そうとしたのでしょう。

国際法廷で取り上げられることを恐れていたのですね。つまり幼い児童などが暴行された後、両親や人々に自分の身の上に起きたことをみなしゃべったとしたら、どれだけ人々の憤激をかうことか、そうしたことを考えて、すべて証拠は消してしまうということを実行していたのですね。だからそのことの意味がよくわかりました。寺元重平という元兵士は、彼の中隊長が出した命令「強盗、強姦、放火、殺人、なんでもやれ!」をひたすらに実行していたことを証言していました。

南京の大学でのワークショップが終わって挨拶した時、私は、「皆さま、ますます発展する南京の地で、ワークショップを開催できたことを心から感謝します。明日は、南京虐殺祈念館を訪れます」と述べた後、絶句してしまった。涙が出てきて言葉にならなかったが続けて、 「私は戦後に広島に生まれた日本人の1人として、戦争を知らない日本人の一人として、かって日本が中国に侵略して悲惨な戦争を行ったことに対する謝罪のためにやってきたのです。日本では、一部の政治家を除いて、多くの人々は、中国でかって大変残虐な戦争を中国で行ったことを心から謝罪しています。大変申し訳なく思っています」」

と発言したところみんな静かに聞いていましたが、涙を流しながら聞いている学生たちの姿も見受けられました。若い通訳の大学院生が静かに口を開きました。
「これまで私は、日本人に対して、反感とともに複雑なものをいつも感じていました。それは南京での虐殺を始め、多くの虐殺のことでしたが、しかしこうやって戦争を体験していない戦後の日本人の方が南京までやって来て謝罪する真摯な態度に接して心を動かされました。南京を思って下さるだけで十分です。あなたが謝罪のことをしゃべって下さる間中、見てください。私を含めて参加者の多くの女子学生たちは目に涙を浮かべて聞いていたのです。」
と語ったことは決して忘れられない思い出でした。

彼はきっぱりとした口調で言いました。「私たちは、すでに日本人の戦争行為を許しています。でもこうした残虐な戦争があったことだけは決して忘れません。あるとき、日本の政治家が南京にやって来て言ったことがあります。「もう残虐な戦争のことは忘れてください、未来こそが大切なのです。未来志向をしましょう。」と言いましたが。これには南京市のだれもが怒りました」。
「踏まれたことのない人間には、踏まれた人の痛さや辛さはわからない」のです。
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それから、25日と26日はD車という新幹線に乗って、杭州の西湖など風景明美で歴史の故郷(ふるさと)の杭州に行き、西湖や霊隠寺などを見学しました。仏教文化は、隣国のインドから中国へ直接入ってきて、インドの僧侶が直接名刹を全国に開山していますから、中国の壮大な歴史遺跡には全く言葉がありません。中国からは仏教は消えたのかと思っていましたら、多くの若者たちが寺院で祈っている姿はとても印象的な風景でした

15年前、25年前に中国を訪れたときに比べて、世相は大きく変わっているのでした。霊隠寺では、境内に空海の像が建立されているのを見ましたが、中日友好三十年の碑文の日の墨文字がいたずらによって消されているのを目にしました。悲しかったですね。靖国発言や南京の問題などが、心無き観光客を憤激させたのでしょうか。現代の日本の政治家たちの歴史認識が、中国から多くを学んで帰国し日本の仏教を興した名僧空海の存在まで汚しているのですから。

これは霊隠寺に申し入れて、早速墨で書き入れていただきますが、きちんと謝罪すべきは謝罪し、申し入れることは申し入れる姿勢が何よりも必要だと思ったのです。アメリカ議会が、戦争中に在米の日本人を収容所に入れたことを謝罪して、補償までも行ったこと、ドイツのように「戦後生まれの経済界に属する人々でも、戦前にドイツが行った戦争犯罪には、どんなに高額でも補償や謝罪を行う「責任があるということが歴史の中での真摯な態度です。人間は過ちを犯す存在です。しかし過ちは、素直に反省することが人間の進化をもたらすのです。

日本人は歴史の中での異民族との軋轢の意味をもっと深刻な意味でとらえておかないと将来同じような行動を繰り返すことでしょう。ドイツのワイツゼッカー前大統領は、 「過去に目を閉ざす者は、未来に対しても盲目である」と言ったそうですが、まるで日本について語った言葉ですね。

上海空港から市内まで、時速430キロを出すリニアモーターカーが運行されていました。これはドイツが日本と競い合って落札した巨大なプロジェクトでしたが、ドイツの会社が請け負ったのです。これはほんの一例です。巨大な国の経済を担う中国の青少年の意識は、日本には向いていないことを感じました。歴史の中で真摯に生きようとしない民族には未来はないのです。事実を明確に認め謝罪しながらも、深刻な環境問題や中国の軍拡やチベット問題などを厳しく批判できる立脚点が、日本人には何よりも必要だと感じた中国への訪問でした。
それにしても中国の3月の桜の花や杏の花は、美しい!

杭州で霞に煙る西湖の美しかったことー空海も満開の花の中で中国での青春を過ごしていたことでしょう!

空海が、日本人による南京虐殺を知ったらなんて言うでしょうね?! 

2016年9月27日火曜日

原発メーカー訴訟弁護団・世話人会に反論するー偽りの情宣と組織の分断工作は止めよ

原告団・弁護団通信第9号が送られてきました。その内容を読みましたが、これまでの発言との明らかな矛盾した内容が書かれています。簡単に説明します。
 
1)これまでは新たに控訴人(=原告)になるには、弁護団に新たに訴訟委任状を提出しないと控訴人になれないと言って、事前にその要請を出し、控訴状を出すとき(判決から2週間以内)までに提出するように働きかけていました。

2)ところがHPに記載された控訴状によると(7月27日付け)、「別途控訴人目録記載のとおり(3,767名)になっており、この数は、第一回目に地裁に提出した訴訟委任状から私たち本人訴訟団を除いた原告がそのまま控訴人になっていることを意味します。これは新たな訴訟委任状を高裁に提出しないと控訴人(=原告)になれないと言ってきたことが、自分たちの都合に合わせた嘘であったということです。

3)訴訟代理人と控訴人の委任関係を確認するために新たに委任状を求めるという指示を、未だ地裁からの資料を見ていない高裁がするはずがありません。指示はあくまでも一般論です。通信に記されている高裁からの指示というURLも開くことはできません。


4)「原発メーカー訴訟 原告世話人会」からの「控訴審委任状提出のお願い」(弁護団の名前がはいっていないことに注意!)によると、「東京高裁は「代理権を明確にする」ために、新たに控訴審向けの委任状を求めてきます。これに対し、私たちは、高裁の要求以外に「控訴の意思を明らかにした」(今後もこの訴訟を闘い抜く意思のある)「原告団」とするために、「控訴審委任状を提出した原告による『原告団』(規約第5条)とあり、新たに訴訟委任所を総会の開催(10月23日までに『原告団世話人会」までに送るように指示しています。

問題点
①「控訴審委任状」の提出に関しては、実際には本件代理人に高裁は求めていないので、それには弁護団は関らず、すべて「世話人会」が取り仕切るという、異常なやり方をとっています。世話人会は3800名弱の控訴人の中で、「控訴審委任状」を自分たちに出させて(高裁ではない!)、自分たちの運動に賛成する者だけを集めて「原告団」を作ろうというのです。これは明らかに「メーカー訴訟の会」の分断を謀るものです。
②「控訴審委任状」といいながら、実際の委任状は「訴訟委任状」になっており、その内容は高裁の審議にあたって訴訟代理人に「一切の行為を行為をする権限を授与します」となっており、第一回目の訴訟委任状と同じ内容です。
③控訴人と「原告団」とを世話人会は分け、自分たち(世話人会)に一定の忠誠をちかった控訴人だけが「原告団」メンバーになれるという形にしたようです(規約がないので、詳細は不明)。そうすると、「原告団」に入らなかった、おそらく圧倒的に多くの海外の控訴人の意思はどこで反映されるのでしょうか、このままでは形の上では控訴人になったものの、彼らは切り捨てられるということになるのでしょう。かれらに状況を知らせる必要があります(これは私たち本人訴訟団、あるいは「訴訟の会」事務局の役割でしょうか?)。

5)原告団・弁護団通信第9号の、世話人会による「原発メーカー訴訟原告団設立に向けて」によると(2頁)、「本来、第一審で私たち原告が提出した弁護団を代理人とする委任状は控訴審(高裁)、上告審(最高裁)まで有効」と私たちの本人訴訟団の批判を認めています。」とあり、本人訴訟団の主張を認めています。「東京高裁は「代理人を明確にする」ために、新たな控訴審向けの委任状を求めてきています(http//www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2015_05/p02-13.pdf…P)」とありますが、まずこのURLは間違っているようで、確認できませんが、東京高裁が弁護団に新たな委任状を求めてはいないはずです。

問題点
①高裁は個別に「控訴審委任状」が必要か、前の第一回目の訴訟委任状で審議にはいれるかを判断するのであって、本件はまだ新たな委任状が必要と高裁は判断していません。
②世話人会が「控訴審委任状」として提出を求めている「訴訟委任状」は第一回目の訴訟委任状と文面上の違いはなく、特にもっとも重要な審議に際しての委任ということがふれられていません。
③今回弁護団は、3767名の控訴人リストを出したということは、このまま控訴審を続けるか、審議用の新たな訴状委任状を提出するかの判断が迫られる局面がくるでしょう。弁護団は海外を含めた全控訴人にその意思を文面で確認するでしょうか。

6)「控訴審委任状」を提出した、「今後もこの訴訟を闘い抜く意思を明らかにした」原告だけが『原告団』のメンバーになるというのが、世話人の主張のようです。「海外の原告全員にもこの趣旨を通知し、多数の委任状が届いています。」とありますが(2頁)、これは真っ赤な嘘です。一体、いつ、何名の原告にそのような通知をしたのか、送った実物を公開してほしいですね。私の付き合いのある韓国人原告は誰もそのような通知はもらっていません。

7)最後に
「原発メーカー訴訟の現状」のところで、「現在の「原発メーカー訴訟の会」事務局(事務局長は、弁護団に無関係な本人訴訟団員である朴鐘碩氏)は、私たち多数の原告が求める「訴訟支援」(資金提供、広報、具体的な調査活動、事務作業etc)を一切行わず、弁護団に敵対し、かつ皆さまが提供した会費を海外旅費、事務局役員/会計員への毎月の手当てに流用しており、「訴訟支援」は全く期待できません。(資金流用について別途会計資金の移管要求をします。)と嘘を平気で書き連ねています。

問題点
①訴訟の会は総会で、弁護団支援の予算化を終えていつでも支援する準備をしています。弁護団は訴訟の会の事務局との対話を拒み、自らその予算のお金を受け取ろうとしていないだけです。
②訴訟の会事務局長の朴鐘碩は「弁護団に敵対」していません。島弁護士の不法行為を弁護士会と横浜地裁に訴えているだけです。弁護団長であれ、誰であれ、不法行為を放置することに何か問題があるのでしょうか。私たち本人訴訟団は控訴審に進むにあたって、訴訟の会のこの間の混乱のけじめをつけるために、島弁護士提訴を決めました。
   8月1日、本日、原発メーカ―訴訟の島弁護団長を提訴しました!
   http://oklos-che.blogspot.jp/2016/08/81.html
③会費を「事務局員と会計への手当てに流用」などしていません。弁護団の要求する資料はすべて提供し、すべての質問に答えています。それに対してはなんの返事もなく、(資金流用について別途、会計資金の移管要求をします。)と書いていますが、おそらく、裁判に訴訟の会の資金の凍結と返還をもとめるということでしょうが、訴訟の会は規約にもとづき、国際連帯の運動構築のために予算化して会費を使っているのです。そこには一切の不法行為はなく、裁判所がそのような命令を下すことはありえません。
④世話人会の原告が「訴訟支援」を求めるのであれば、私たちは既に支援の予算化をしているのです、対話をはじめましょう。こちらは弁護団にすべての資料を提出しました。「資金流用」などという指摘は一切ありませんでした。訴訟の会の掲げる国際連帯運動構築に反対し、それを「資金流用」と言っているだけです。

2016年9月24日土曜日

今、韓国で最大の闘争になる可能性を秘めた慶北星州郡を訪れました

日本から初めてということで、壇上に上がらされ、挨拶をしました。
サード(THAADー高高度防衛ミサイル)の配備をめぐって、45000名の郡民が毎日4~500名集まり、「サードは韓半島には要らない」、「サードの代わりに対話を、「サードの代わりに平和を」、「サードの代わりに統一を」というスローガンを叫んでいました。

外部の人もいましたがほとんどの人が地元の人で、40代の女性がめだちました。即席の車を利用した舞台の上では、いわゆる活動家ではなく、まさに地元の人が思いのたけを叫んでいました。70日連続で、雨の日も続けているそうです。
反対の声が大きくなってきたので、おなじ星州でも少し裏側にあるゴルフコースに配備するといううわさも流れています。


サードは日本でも北海道、京都に配備されていて、沖縄でもその計画が上がっているそうです。目的は、北朝鮮からミサイルの防御の為に必要と政府は説明していますが、日韓米で中国と北朝鮮で完全でレーダーで情報を集めるためのものなのでしょう。新たな冷戦を作りだそうとしているのでしょう。それが北朝鮮に対する制裁の本質です。

京都に行った星州のリーダーは、京都では20名くらいの反対者しかおらず、それも月に数度のいう頻度で、どうして日本では反対運動が広がらないのか理解できないと言ってました。

それは日韓は完全に米国の属国だから、北のミサイルの防御のためには必要と思いこまされているからではないでしょうか。

私は現在もっとも本質的な問題提起をしている沖縄の人たちの連帯をすることを勧めました。



私の挨拶は短いものでしたが、みなさんがたは必ず勝利する、みなさんこそ平和、統一の象徴であること、そしてサードに反対するのは、敵のミサイルを打ち落とすためだというのであれば、それは危険なもので自分たち住民が被害者になるからその恐怖のために反対運動をするのではないか。

福島の原発事故で10万人の住民が故郷を離れ帰れない状態であることをしっかりと理解し、原発を輸出すると相手国の住民に大きな恐怖と不安を与えることになるのだから、日本の植民地支配によって被害者の経験をしてきた皆さんは、今度は加害者になるということは絶対に避けなければなりません。日本と韓国の原発輸出を一緒に反対し、止めさせようと話しました。


そして住民との再会を近い、終電車に間に合うように星州を発ちました。

それで慶州の今回の震度5・8の地震のことを尋ねました。初めての経験で子供は泣くし、自分も怖くて仕方がなかったと言ってました。ところがその後も震度1。5以上の地震が452回も続いたので、自分は慶州を離れ実家に逃げるところだと説明してくれました。
慶州の中心地の商店も多くは店を閉めているそうです。慶州は京都や奈良のようなところですから、観光にとっても大打撃でしょう。しかしそれよりも慶州は古都である人もかかわらず、月城という地域で原発を6基持ち、それに使用済み廃棄物の保管場になっているのです。
地下水がでるところでそのような施設を作るなと反対運動をした私の友人は逮捕されたことがあるのです。

韓国の原発を止めさせる選挙で在日の歴史的な役割が見えてきます
政府は何も問題はなかったようなことを言ってますが、住民たち及び、釜山、大邱、ソウルという大都市までその地震で揺れたのですから、もうこれまでのように韓国は大陸だから日本のように地震の心配は言ってられないということに多くの人が気付きました。

したがって、これからは韓国の反原発運動は大きく変わってくると思います。
特に現在の朴大統領の後誰が大統領になるのかで原発の運用をやめるのかどうか(台湾はもっともはやく原発を廃止し、地熱を活用した発電に切り替える準備にはいっているそうです)決定的な判断を迫られると思われます。それだけ次の選挙は韓国人にとって重要な選挙になるでしょう。

そのとき、いつも社会のマージナル(周辺)にところで生きてきた、在日韓国人は韓国の国政選挙の選挙権をもつようになったので、接戦が予想されるなか、キャスティング・ボードを握ることになるかもしれません。いまのところ、在日の選挙の参加率は数%ですが、今回は在日がまさに主体的に選挙に参加し、歴史を大きく変えていきたいものです。

台湾、韓国と原発を廃止する決定をしたら、日本はどうするのでしょうか。潜在的核兵器として原発にいつまでもしがみついているのでしょうか?

2016年9月18日日曜日

小林たかし『植民地主義再考ー民族差別をなくすため』を読んで


この小林たかし『植民地主義再考ー民族差別をなくすため』は、たまたま題名を読み買ったのですが、小林さんがどのような方か全く知らずに購入しました。まず私はいつでも「はじめに」と「あとがき」を読んでから、大体、作者の意図や個性などを知ってから読むのですが、小林さんの場合、「あとがき」で、「私、定年退職して8年、そろそろ70歳・・・ということで、冥途のみやげに、身命をなげうつようにしてつくったのがこの本」だとあり、ご本人の植民地主義に対する思いが強く、必至になって書いたのだと思いました。アカデミニズムの世界に身を置かず、こつこつと様々な実践のなかで考えてこられた人だとわかりました。

ですから、民族差別をなくさなければならないとか、ヘイトスピーチと闘おうと思っている方には是非、一読をお勧めします。コツコツと勉強をされてきているので、歴史の分野でも広い視野を垣間見ることができ、参考になります。

この本のライトモチーフは、安倍批判から
ご本人は、「私が、民族やナショナリズムに強い関心をもちはじめたのは、2003年5月に小泉政権が「有事三法」を可決したときでした(米英軍のイラク侵攻が三月)。」「それから10年、安倍政権が発足し、2015年8月に「安保法制」を強行採決します。安倍政権の民族主義批判が、本書のライトモチーフ」だと自ら書かれていますから、日韓条約や学生運動における華青闘の告発と各党派の自己批判のことはあまりご存じなく、在日のアイデンティティのことに関してよりは、日韓関係や韓国の政治闘争に関心をもってこの植民地主義の未精算の問題にたどりつき、自民党の右傾化の危機と結びつけて考えた方だと思いました。

私が注意深く読んだところは以下の記述です。

北朝鮮に関して
小林たかし『植民地主義再考ー民族差別をなくすため』156頁より。「ちなみに、かつて植民地と宗主国との関係にあったニ国間で、いまにいたるも国交を結んでいないのは、世界中で日本国と朝鮮民主主義人民共和国だけである。日本と朝鮮のあいだでは、戦争はまだ終わっていない。」この事実を知らない日本人は多くいると思います。今は拉致問題から始まって、核実験を口実に、連日の北朝鮮バッシングです。制裁、制裁の連続で、これもまた圧倒的多数の日本人はそう思い込まされています。ヘイトスピーチはさらに続くでしょう。民族学校への制裁は増えるでしょう。北朝鮮を口実に日本の右傾化、軍事化は進むでしょう。

しかし白井聡は、『永久敗戦論』で小泉は拉致の問題より、北朝鮮との国交回復を望んでいたこと、それをつぶしたのは安倍だという事実を明かしています。FBで披露した私見です。
私は北朝鮮に対しては「北風」と「脅し」ではなく、「南風」が必要と思います。それは朝鮮戦争の終結と米朝平和条約の締結です。アメリカはあれだけ敵対視していた中国と手を結び、同盟国の台湾を切り捨てました。今韓国を切る捨てることは自国の利益のためにもできないでしょう。中国も「南風」を望んでいます。さて、東アジアはどう動くでしょうか。日本の世論、政治家で「南風」を主張する動きがでてくるでしょうか。

小林たかしの日本人民衆観
小林たかし『植民地主義再考』166頁。「私たち日本の民衆は、いまにいたるも、昭和天皇の戦争責任と戦後責任を究明できずにいる。敗戦から占領時代、日米安保体制下の高度成長期を、人権意識の希薄のまま、私的エゴイズム(=物欲主義)で生きた民衆に、天皇制イデオロギーや排外ナショナリズムを自覚的にとらえ返す力は極めて弱かった。だから、日本政府に、挑戦・韓国・中国をはじめとする、アジアの人びとが納得する植民地精算をせよ、と要求する運動も広がらなかった。が、この責務をはらすことなしに、日本の戦後は終わらない。」

植民地主義は過去のものではない
小林たかしの著作のいよいよ結論部分です、167頁。「今の日本は、安部政権の日常不断に振りまく反韓国・反中国のナショナリズムが、これまでノンポリ的だった人たちのなかに浸透し民族主義をふりかざす風潮がふつうの現象となっている。」「植民地主義は過去のものではない。平気で燐国を非難し、日本で生活する朝鮮人・韓国人や中国人を排斥する人たちの頭には、植民地意識が尾骨のように残っている。支配者はそれを利用し、他者や少数者を排除していく。これに反対せずにいると、すべての民衆が教権政治に取り込まれてしまうファシズムとなるのは、これまでの歴史が証明している。」

小林さんはしたがって、日本の安倍政権の危うさに対して、それを歴史的に解明し、彼の隣国との付き合い方や在日への迫害政策と過去の植民地政策を清算できていない問題、及び政治家だけでなく、この植民地主義の問題に深く思索をしない一般市民への批判的な見解を述べます。「私的エゴイズム(=物欲主義)」という単語で説明しています。

小林たかしの結論
彼の結論はこのようなものになります。「東アジア全域に、これまで以上の緊張をもたらす「安保法制」を撤廃するたたかいは、安倍政権の排外主義イデオロギー攻撃を暴露するたたかいと並行しながらすすめてなければならない。」「簡単なことではないが、政府や自治体への民族差別をなくす政策実施を要求することや、ヘイトスピーチ・デモへの抗議行動など、民族排外主義とのたたかいを、国会前抗議行動のように、ねばりづよくたたかい、ひろげていくしかない。」

私の感想
小林さんの見解の多くに共鳴します。ただし私自身は日本人化され、「魂の脱植民地化」を図ってきた人間として、日本社会の在り方を考える視点を持ち続けています。在特会に対する「カウンター」の動きを小林さんは評価し、期待されているようです。しかし私は、在特会は戦後日本の、ある意味、国民国家日本の成立以来の申し子だと考えています。それをモグラ叩きを一生懸命やることで、在特会を生み出した土壌が、根がなくなるのかという問題提起をしています。

戦後日本で差別が制度化され、構造化され、当たり前になっている事態、だれもがそれを差別だと感じない状況こそ、植民地主義の真骨頂です。私の感性は、その匂いを見逃さず、自らの中にある植民地主義の残滓(成果)と闘うために、人間らしく生きるために、「魂の脱植民化」のために、制度化された、構造化された差別との闘いを提起するのです。

「当然の法理」ってご存知の方はあまりいらっしゃいません。あの上野千鶴子さんをして、知らなかったと言わしめるくらい、日本人には見えない問題です。これは戦前日本人であった台湾人、朝鮮人の公務員に対して、サンフランシスコ講和条約を前にしてだされた日本政府の見解です。川崎の人事課の課長は、憲法や法律、条令以上に重要なものと胸を張って言ってました。「当然の法理」は現在に至るも、全国のすべての地方自治体で生きています。

「当然の法理」は「公権力の行使」「公の意思形成」は日本人に限るとするもので、日本の独立によって晴れて外国人になる台湾人、朝鮮人公務員の帰化を勧めるものであったのです。そうして外国人に閉ざされた門戸は、一般社会の差別、排外主義を象徴するものでした。まさに公の差別です。
しかし私たちは、その当たり前の差別に対して闘ってきました。選挙権がなくとも、日本社会の構成員として、差別の不当性を訴えてきました。その闘いの中で学び、思索を深め、今に至っています。

最後に
民族差別との闘いとして、私は日立就職差別裁判闘争にかかわり、それから川崎で差別をなくすための、私たちと同じ思いをもった子供たちを育ててはいけないという思いから地域活動をしてきました。日本人の仲間は多くいました。それが今の「多文化共生の街」とする川崎市の政策の一環を担い、行政とタイアップするようになってきています。その後輩たちの戦いの成果が「川崎方式」であり、先日のヘイトデモの撃退です。

私はあえて、その成果である「川崎方式」に対して、それは「当然の法理」の制度化の完成であり、差別を正当化している、その全国に普及した「川崎方式」をヘイトデモを撃退した民主勢力によって今こそ、撤廃させるべきだと主張しています。北朝鮮を孤立させているのは米国をはじめ日本です。朝鮮戦争を終結する平和条約が締結されるまでは、彼らは自衛の為にいかなる制裁にも屈せず、
核兵器を持ち続けるでしょう。そして日本の北朝鮮バッシングは続き、在特会を支援する人はさらに増えるでしょう。それへの「カウンター」を強化することで差別はなくなりません。今こそ、彼らの拠って立つ、植民地主義によって生まれ、今でも新たな植民地主義によって当然のこととして存在している根を直視し、それを断つ地道な努力を始めるしかありません。

その努力が、いつかは、世界水準のあらゆる差別を許さない差別禁止法の制定につながっていくでしょう。そのような日本社会になってほしいと、私は心から願います。それまでは、私たちは差別をされる者と差別をする者の非人間化を強いる植民地主義に対するたたかいを続けます。反核平和を望み実現する歩みを続けます。

「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、多くの実を結ぶことはない。」

2016年9月17日土曜日

東芝製品のボイコットに関するFBでの意見交換

東芝製品のボイコットに関するFBでの意見交換
 ここのところ連日、私のFBで東芝に関するBDS(Boycott 不買運動、Divest 投資引き上げ、Saction 制裁)について私の意見を載せています。最初のことは反応が悪く、私のプライベートな川辺での散歩に関する文章の方に反応する人が多いくらいでした。しかしツイターでもFBでも反応してくれる人が増えたと思います。いくつかの意見を紹介します。どうして東芝なのかと九州の活動家に問題提起した仲間が批判されたそうです。東芝にも労働組合活動をしている労働者がいるではないか、その人達の生活はどうなるんだということであったそうです。

またどうして東芝だけなのか、日立や三菱、それに韓国やフランスの原発メーカーもあるではないか、東芝への運動が功を奏せば、そういう企業に発注がいくだけだ、という批判の声も耳にしました。みなさんはどのように考えられますか?

まず8月の日韓反核平和合同委員会の席では、東芝ではなく、「東芝等」にしようという意見がだされました。韓国の原発企業や、他の国の原発メーカーのことを意識して、あくまでも「東芝」は世界の原発メーカーの(トップ企業として)象徴にしようということであると思われます。いざ、具体的に「東芝」のBSD運動を進める場合に、このような批判的な意見が出ることも予想されます。はねのけないで丁寧に対応し、こちらの主張を深めていく必要があると思います。

しかし実際は、どの国でも、原発メーカーの責任を問う主張や具体的な抗議運動は起こっていないのです。原発は潜在的核兵器であり、憲法9条の「戦力」にあたり、原発の製造・運用及び輸出は日本の憲法違反であり、国際犯罪にあたるという主張もなされています。そういう世界的な現状において、実際に一般の市民が「東芝」の原発製造・輸出を止めるために「東芝」製品を買わないというささやかな運動は意味があると思います。

それは、原発の輸出は輸出先の国の一般市民の反対運動に連帯することであり、さらに潜在的核兵器を売ることで、私たち自らが加害者になることを自覚することになるからです。何もせず、原発メーカーの輸出を黙認することは、自らの加害者性に鈍感になっているということを意味します。

崔の問題提起
反原発を掲げても、東芝等が福島事故を起こした原発メーカーであることを知らず、15年で45基の原発を川崎(実験炉を所持)で作り輸出する予定であることも知らない人が圧倒的です。
またその事実を知っていても、東芝に対する抗議をする動きはみられません。原発輸出は武器輸出であり、輸出国の市民たちへの加害者の立場になることの想像力に欠けています。
輸出国に多大な迷惑をかける東芝の原発輸出を阻止する国際的な運動をするべきだと私たちは考えますが、皆さんは以下のことをどのように考えていらっしゃるのでしょうか。
東芝はどういう会社か、
東芝は福島事故を起こした原発を作った会社
東芝は原発メーカーの中で27%のシェアーをもつ世界最大会社
この15年間で(目標数値を下げたものの)15年間で45基の原発を製造・輸出すると公表した会社
東芝は主に川崎を中心に原発を製造する会社(東京湾内に実験原子炉をもつ)
東芝の原発輸出は武器輸出であり、日本は、原発輸出国への加害者になっていくのです。

OTさんの反論
私の思いをコメントしておきます。
反原発運動には共感する事が出来ます。
私しが、疑問なのは、なぜ東芝製のみ反原発の対称に成って居るのでだろ。
福島の事故原因が原発プラントが欠陥で有ったのだろか。
乏しい認識ですが、予想を越えた津波に対する、電源系統、コントロール系統の
津波、水害等の対策を軽んじて居た事は否めない。
貴方の説明では東芝は27%のシェアーを持っているとの事、残り80%の企業が有ります、なぜ一企業だけに的を絞っているのか、良く理解出来ません。
純粋な反原発運動とするなら原発を製造している全企業を対称にするのが本筋と思っています
私しも一時、反核に興味が有りましたが、余りにも片寄り過ぎた運動が私しの思いに合わず、
興味を失った事が有りました。昼行灯のおっちゃんより

崔のOTさんへの返事
OTさん、率直なご意見、ありがとうございます。
東電だけでなく、原発メーカーは今回の地震、津波の可能性があることを知ってました。決して、予想外ではなかったのです。
今回事故を起こしたGEが開発したタイプは問題があることが米議会で問題になり、大々的な変更を原子力委員会から命じられています。しかし日本側はなんの手を打たなかったのです。
東芝は世界の原発メーカーの象徴です。No 1企業です。
原発は潜在的核兵器で、憲法九条の「戦力」War Potentialにあたり、原発の製造、運用、輸出は違憲です。
日本では、三菱重工、日立も原発メーカーです。彼らが原発を製造、輸出をするのを止めないと、私たちが輸出国の市民たちの加害者になります。日本の市民は日本からの原発輸出をただ黙認するのですか、なんの抵抗、抗議もしないのですか。私たち市民にできることは、世界の反核平和を求める人たちと一緒になって、彼らの製品の不買運動をすることです。

東芝を世界の原子力村の象徴としてとらえ、私たち普通の市民が福島事故を起こした責任、事故後も原発を製造、輸出を続ける東芝ら原発メーカーへの抗議を具体的に表す行為として、BDS(Boycittボイコット Divest投資引き上げ、Sanction 制裁)運動を全世界的に展開する計画です。

東芝ら、としていることに私たちの思いをご理解ください。もちろん、岡村さんが、原発メーカーの日立製品を買わない行動を起こされてもいうではないでしょうか。いずれにしても、No1企業の原発製造、輸出を止めてほしいと頼んですむ問題ではありません。原発輸出国でも多くの市民が反対しています。彼らと一緒になって行動できることは限られています。日本では、多くの人が原発事故の悲惨さを知っています。事故の原因もさだかでない、過酷事故を起こす原発を、輸出するなという気持ちを表すことのできるささやかな運動の提起です。黙って無過ごすことはやめようと決断したのです。(ここでOT「さんから、「いいね」が送られてくる)

MGさんからの投稿
原発メーカーと知ってから一切の商品買ってません。
でも、日立や東芝ってだいたい同じ種類の商品の中で一番安いから買う人は買うんだろうな苦笑

崔の返事
そうですか、そういう話も最近、時々耳にします。私はそういう市民のささやかな抵抗の声を可視化させる、それも全世界的な規模でやるということを考えています。お知恵を拝借。

MGさんからの返信
ついでに自民公明他ウヨ政党のポスター貼ってる店での買い物もして無いです笑

OTさんからの二度目の意見
丁重な返信、有り難く読ませて頂きました。
反原発の事については最後に、お尋ね致します。
反原発運動を始める時の思考は、思想、信条を越えた思いからでしたでしょうか。


反原発運動は意味が有ると理解しています。
貴方様の投稿文を読ませて頂いて、私しなら買い手、売り手の所から攻めて行きます。
買い手が無ければ、原発プラントは製造しません。
即ち、原発に因る電気エネルギーの依存を止める事が原点と思う。
原発依存を止め無い限りは、原発プラントは売られて行きます。
貴方様、反原発運動が虚しく成って来る様に思います。
私しの思ったままコメント致しました。
昼行灯のおっちゃんより


崔からの返信
ありがとうございます。私たちは反核平和運動はPeace Makingだと考え、「思想、信条を越えた」運動であると理解しています。現在、国連も世界的な宗教もどこも原発はなくさなければならないというメッセージはだせないでいます。だから私たちの主張は世界的な意義があるものと考えています。

岡村さんのご指摘は買い手、すなわち輸出相手国が原発を輸入しないようにすればいいではないかということですね。現在、インドネシア、ベトナム、フィリピン、ポーランドなどの東欧には原発輸入に反対する市民が多くいます。推進するのは軍隊であり、為政者です。日本も6―7割の国民は原発に反対しているのに、為政者と原子力ムラの住民が輸出したがっているのと同じです。

原発運動はも一度原点に戻り、一国平和主義でなく、日本の狭い殻をやぶらないといけないと考えています。世界はどこもが軍が力を持ち、安全保障に核兵器は必要不可欠という考え方ですから、原発はなくせないのです(この点は、ご理解されていますか)。ですから、核兵器を含めて、私たちは反核平和を主張するのです。もちろん、戦争には反対です。

2016年9月15日木曜日

東芝ってどんな会社?

私たちは原発メーカー訴訟で東芝に対しても以下の質問を公にしています。
被告原発メーカー3社への裁判所に提出した公式質問書(求釈明書)の公開 http://oklos-che.blogspot.jp/2015/11/blog-post_4.html


ネットで以下のことがわかりました。
この情報から、私たちは東芝がどのような会社か、どうして原発製造部門の売り上げ増に依存(期待)して会社の存続を図っているのか、理解できます。
東芝はアメリカの原子力メーカーのWesting House(WH)を子会社にし、今年度の発表ではこの分野では世界の27%のシェアーをもつ原発メーカーとしては世界最大の会社です。日本では、サザエさんなどのコマーシャルを使った家電メーカーとして有名です。重工業にも力をいれる世界的な会社であると言って過言ではありません。しかしここ数年、WHの買収があまりに高くその無理が祟ったのでしょう。粉飾決算が問題になっていました。しかし洗濯機や冷蔵庫などの白物家電は中国に売却し(40年間のToshibaブランド使用)、半導体と原発に傾注しているようです。
1)東芝 半導体・原発に傾注 売上高1.7兆円縮小(毎日新聞2016年3月18日)
「白物家電(洗濯機、冷蔵庫)は中国の美的集団に売却したが、美的は白物の東芝ブランドを世界中で40年間使用できるようになる。」(日本経済新聞 2016年9月15日)

★即ち、東芝は40年間、ブランドイメージを下げられないということです。

2)2015年と2016年とで、原発の受注予定数量が変わっている(不安定ということか。国内需要は見込めないので、子会社のWesting Houseと中国企業の売り上げ(AP1000)が頼り。東芝は世界最大27%のシェアー宣言(2016年)


「日米中連合製原子炉AP1000」の世界展望
http://www.gepr.org/ja/contents/20150622-01/
「ビル・ゲイツと中国が新型原子炉の実験」の意味すること
http://oklos-che.blogspot.jp/2011/12/blog-post_1505.html

3)東芝の輸出に伴うリスク
メーカーが発電所の運営主体として建設資金を負担する方式を業界で「ベンダーファイナンス」と呼ぶが、今後この方式を東芝は採る。投資機関家に投融資を打診するしかない。世界的には世界銀行は原発輸出はしないと公表。
「投資対象にしない」 世界銀行が突きつけた原発への“絶縁状”
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/158086
以下、参考資料
ロイター 2015年 12月 24日
焦点:東芝子会社がインド原発受注へ、中ロ躍進で先行き懸念も
http://jp.reuters.com/…/toshiba-westinghouse-india-idJPKBN0…
東芝は11月、2014年度━2029年度の15年間で、原発の新規建設64基の受注を目指す計画を公表した。このうちインドでは6━12基の受注を目指していたが、インド政府高官はロイターに対して、ウエスチングハウスに6基を発注する可能性を示唆した。
ロイター  2016年 06月 23
http://jp.reuters.com/article/angle-toshiba-idJPKCN0Z90V9…
アングル:東芝新体制に半導体低迷の逆風、原発目標達成も課題に
東芝はWHを含め30年までに45基の原子炉を受注する計画
海外での原発建設事業の資金については、志賀重範会長は22日の株主総会で「資金は顧客(電力会社)が負担するが、一部当社が負担するケースがある」と説明した。
メーカーが発電所の運営主体として建設資金を負担する方式を業界で「ベンダーファイナンス」と呼ぶ。東芝にとってこの負担が課題となりそうなのが、英北西部ムーアサイドでの原発建設プロジェクトだ。米子会社ウエスチングハウス(WH)が加圧水型原子炉「AP1000」3基の受注を見込む。
同案件で東芝は現地の発電会社に6割を出資。3基で3兆円ともされる建設資金を賄うためには「東芝は3000億円近い資金負担をする必要がある」(関係筋)。このため東芝は昨年末、日本国内の機関投資家に投融資を打診した。
投資の最終決定は2018年を想定しているが、国内機関投資家からの資金協力は楽観できるような状況にはないという。


2016年9月14日水曜日

本日、ブログの閲覧者数が40万人を突破しました。

私のブログ、OCHLOSオクロスが、閲覧者数で40万人を本日、突破しました。
私のブログ、オクロスは日本語で書いていますが、どうして海外の人が40%も読んで下さっているのか、またそれはどのような人であるのかわかりません。しかし私にとっては、毎回、そのように多くの海外の方が読んで下さっているというのは大きな励みになっています。
最近、「魂の脱植民地化」(深尾葉子)という概念を知りました。在日としての生き方を模索してきた私は70歳になり、そのことの意味と社会的な意義を理解し、共鳴します。実践を重ね、思索を深め、あと何年生きれるかわかりませんが、全世界の反核平和を求める人たちと歩んで行きたいと願います。
在日の立場から、反核平和をめざす国際連帯運動を進めていくというメッセージを世界に発信していきたいと思います。国境を越え、反核平和をめざす国際連帯運動を進めていきます。積極的なご意見をお寄せください。



こんな激励のメッセージもいただきました。

SW:いつも考えさせられる内容のブログ、ありがとうございます。毎回読ませていただいてます。
MK:  🌠ご尽力に敬意を込めて🍀💫
YA:    素晴らしいですね。閲覧者数40万人突破、チェさん地道な努力の結果でしょう。
学ばせていただいています。ますますご健康が祝されチェさんの願いの「全世界の反核平和のために」ブログが用いられますよう祈念します。

ありがとうございます。