2015年4月29日水曜日

この1週間に読み終えた本の紹介

1.母の入院ー上野千鶴子を読む
88歳になる元気な母が脳梗塞で倒れ入院したという、たまたまアメリカから帰り、母と朝話し込んでいたという弟からのメールを私はモンゴルで受け取りました。そしてすぐにソウルを経由して大阪に直行しました。

私は母の18歳のときに戦後の年に生まれ、幼稚園でも小学校でもいつも自慢の母親でした。母は私の中2の時に、息子二人を置いて家を出ていきました。そして離婚。戦争中も大家族で小学校の時から家族の食事を作っていたという母は、中学もまともに行っていないようです。心斎橋のど真ん中でレストランやジャズ喫茶、パチコンを取り仕切っていたのは母でした。

帰化をし、日本人の年下の商社マンと再婚した母は、それでも本町あたりで喫茶店を経営し、小銭を貯めていたのでしょう。再婚先の家のこともすべて自分で取り仕切っていたようで、金銭的な心配はないようにしてきたようです。

幸い、脳梗塞の影響もまったくないかのように振舞い、退院後もヘルパーさんのやってくれた掃除では納得ができず、自分でもまた掃除をしていました。彼女の退院直前にたまたま脳外科で診断を受けた「ご主人」のMさんは、卵大の腫瘍が脳にできていたことが判明しました。日常生活では特に痴呆が進んでいるとかという症状があるわけでもなく、大きな病院で診断を受け手術をする予定が入り、私は結局、今月4回ほど川崎~大阪を往復しました。その行き来のなかで読んだのが、上野千鶴子さんの『ケアのカリスマたちー看取りを支えるプロフェショナル』です。これはじつにためになりました。

弟が段取りしていた老人ホームか新しいマンションに入ることになっていたのですが、なんでも自分でやってしまう母親とラーメンも自分で作れず毎晩近所の店を飲み歩くMさんには相応しくなく、今住んでいる地域の人たちと仲がいい家で夫婦で、あるいはどちらかが一人になっても、そこで生きていけるような段取りをしてあげようと思ったのもこの本を読んだからです。

上野さんがインタビューする人たちはみなさん、介護などの分野で自分なりのやり方でケアのあり方を求めてこられた方で、日本のケアの実情が手に取るようにわかりました。女性学からフェミニズム、ジェンダー研究の第一人者の上野さんは、絶えず、当事者としてのあり方を求め、自分の必然的に行くつく道である、一人で死ぬことをテーマにしていました。

幸い、病院でも私はQOLの観点から脳外科の医師に腫瘍による直接的な影響が見られないのであれば、手術よりも様子をみるという選択肢もあるという意見を伝え、3ヶ月後に再診断するということになりました。手術を覚悟していたMさんも安心したようです。

二人の遺言書も弁護士と相談し作成した私は母の家庭の懸案の案件をほぼ解決し、親孝行ができました。元気でこのままやりたいことをやる母親であってほしいと思い、昨夜、帰路につきました。



2.ドイツで生きる日本人女性たち
一昨年、原発メーカー訴訟の原告集めのためにドイツを訪れた私が最後に訪問したのはベルリンでした。そこでお会いしたのが、『放送記者、ドイツに生きる』(未来社 2013)の著者の永井潤子さんでした。

2014年2月9日日曜日
素晴らしい出会いでした(その3)-ドイツ編

http://oklos-che.blogspot.jp/2014/02/blog-post_737.html

永井さんが一番の年配者のようでしたが、ベルリン在住の日本人女性たちが集まってさまざまな活動をされていました。「彼女たちは、「みどりの1kWh-ドイツから風にのって」というHPを作られ、みなさんで協議しながらドイツからさまざまな貴重な情報を提供されています。私が驚いたのは日本についての尽きない関心、愛情でした。表現は厳しく、ドイツで磨かれた感性や蓄えられた知識からご自分たちの意見を述べられるのですが、それらは的確であると同時に、これでいいのか日本は、という危機感にあふれたものでした。http://midori1kwh.de/2014/02/09/4879」

この本は読んでいたのですが、新幹線の中でもう一度読もうと思いカバンの中に詰め込みました。そしたら永井さんの肉声が新しく聞こえるかのように、日本での職場で壁にぶっつかり、ドイツで新しい生活を求める中で見えてきたことそこでの生き様、メルケル政権誕生の政治状況、再生エネルギー実現を支える地方自治体、住民の意識の高さの実態、ベルリン映画祭、日本の原発事故に対する思いが伝わってきました。ベルリンのみなさんの更なるご活躍を祈ります。

3.『おかしいことを「おかしい」と言えない日本という社会へ  フィフィ』(祥伝社 2013)
この本は誰かがFBで紹介していた本です。帯には、「ツイッタのフォロワー数、15万人!あの「ファラオの申し子」フィフィが放つ天下の正論」とあります。私がFBで関心をもったのは次の行があったからです。ウム、日本で育ったエジプト人でアメリカの大学をでたという芸能人でこんなことを言う女性がいたのか?

「原発が必要か不要かの議論の議論以前に、原発ビジネスの構図を理解し、その根本から批判することが大事なのです。この地震大国に誰がこれほどの原発を導入したのでしょう。日本だけの判断だけではなかったはずです。」「確かに事故を越した当事者を責めるより、その裏にうごめく政治的勢力を指摘することも重要ですが、そのほうがよっぽどリスキーですよね。しかも追求にはなかりの能力を要します。芸能人の立場でそれができるとも思えません。」

しかしぱっと読んでがっかりしました。言いたいことを言い、まともなところもあるのですが、外国人、特に在日に対する見方は、日本のウヨクが喜ぶような排外主義的な物言いです。「反日的言動を繰り返す国の若者を多く受け入れることに、それほどのメリットが期待できるでしょうか」。これは芸能界で生き残る一つの選択肢のようでした。嫌なら自分の国に帰ればいい・・・。こりゃ、だめだ。国民国家の枠を超える発想ではない。

4.田川建三「存在しない神に祈るーシモーヌ・ヴェイユと現代」『批判的主体の形成ーキリスト教批判の現代的課題
これは何度読んだかわからない、「祈り」についての論文です。状況がなんとしても好転しないとき、何か行き詰まりをかんじたときに私はふっとこの論文を読むのです。6割もの人が原発に反対しているのに再稼働が進められそうになっているとき、それを進めてきた自民が圧倒的な強くを誇っているとき、当たり前のようにアメリカと組み、戦争の前線に向おうとしているいま、世界的に反原発運動がなかなかうまくいかないこのいま、反原発裁判の中心にいる弁護団がよりによって原発メーカー訴訟を始めた私たちを当然こととして「排除」しようとしているとき、私はまたしても本棚からこの本を選びました。

45年も前の大学闘争の時代という制約が目につく記述があったにしても、やはりこの論文を読み、やっぱりそうだよなとつぶやき、本棚にこの本を戻しました。

「神に祈る、人々から離れてひそかに祈る、というだけではなく、神は存在しない、と思いつつ祈る。」(『重力と恩寵』


以下は田川節です。黙って読んでみてください。
「ここは何としても越えなければならない現実がある。しかもその現実は、今のところ、自分がどんなにじたばたしても超えるjことができない。自分一人だけでなく、我々みんなが集まっても、今のところ、どんなにじたばたしても、なおかつ越えられない。しかもその現実は、われわれとしては、どうしても越えなければならないものとして存在している。」

「ヴェイユのように神信仰を持ちつつも、常に神の不在という地点にまでつきつめた形でそれを持つとするならば、尊敬に値するし、一つの正しさがある、と言わねばならない。」

「越えられないのだけれども、われわれはこれを越えるのだ、というその精神が、たとえばヴェイユの「存在しない神に祈る」と言う言葉になって現れた、ということなのである。この限りにおいて、
「祈り」は、人間の精神のもっている最も正しい部分を表現している、と言わねばならない。」

「やらなければならないならないのだということを、分かってやっていく、という出発点の姿勢が、たとえば「通常」祈りという言葉によって表現されているところの、しかしまたその「祈り」という宗教的表現と無関係に存在しているところの、人間の基礎的なたたずまいなのである。・・・・そこで祈らざるをえない、というその出発点のたたずまいを、どう持続していくか、というのが祈りに関する人間的な課題なのである。祈りの虚偽性にどこまで耐えつつ、なおかつ祈っていけるか、ということなのである。」

私も祈る人であり続けたい。

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