2011年3月25日金曜日

原発の現場とその恐ろしさを知り尽くした、故平井さんの「遺書」

みなさんへ

私が今朝送ったメール通信を読まれ、すぐに川崎のTIさんがメールで新しい情報を提供してくださいました。

「崔さま メールをありがとうございます。意気込みを感じてこちらも元気をいただいています。下記はすでに読まれているかもしれませんが、お伝えさせていただきます。
「原発の易しい解説」 平成6年 平井憲夫氏 をご紹介します。
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html 
A4 16枚のプリントを読んで、愕然としました。故 平井憲夫氏は、平成6年に啓発していたのです。我々は、原発の実態を、国・電力会社から、知らされてなかったのです。
多くの方々に知らせてあげてください。」

早速、平井さんの文書を読みました。これは原発に勤めて内部を知り尽くした者の、魂の叫びだと思いました。この文書は平井さんの「遺書」ですね。みなさんも是非、御一読ください。

平井さんはこのような方です。
「1997年1月逝去。1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。」

「原発がどんなものか知ってほしい」の中で平井さんは、原発に関してこのように書かれています。

「みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。(中略)私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。」

「私は原発反対運動家ではありません。二○年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。」

原子炉の現場を知り尽くした者でないとわからないことまで書かれているので、その恐ろしさはよく伝わってきます。今日のネットでは、東電のエリート社員は現場に行かず、7~8次の下請けがいて、そのもっとも危険な作業は外国人が受け持っている、とありました。これも確認しなければならないですが、確認する必要があります。

現場の工事管理のずさんさ、「放射能垂れ流しの海」、日本とフランス貿易で二番目に多いのは核燃料の再処理費用・そこで抽出されたプラトニウムが核実験に、廃炉も解体も出来ない原発=「閉鎖」しかない、どうしょうもない放射線破棄物、住民の被曝と恐ろしい差別、原発がある限り安心できない、ということが易しく解説されています。

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