2009年4月13日月曜日

伊藤成彦さんの論文「北朝鮮の人工衛星発射をめぐる政府・マスコミの狂態」

みなさんへ

4月11日(土曜日)に神奈川憲法アカデミア主催の講演会で、「憲法と天皇制」について中村政則さんの講演を聴きました。象徴天皇の始まりの背景から、今後の天皇家の存続の可能性、日本の対米従属の問題性など大変示唆に富むお話でした。

その講演会の二次会で伊藤成彦さんに久しぶりにお目にかかり、伊藤さんから名刺代わりの論文を送っていただきましたので、伊藤さんに承諾していただいて私たちのブログに掲載しMLで送付させていただきます。

なお、論文に対する私の意見・質問と伊藤さんのご返事もあわせて掲載いたします。

80歳を過ぎてますます社会のあるべき姿を求めて活発に活動されている伊藤成彦さんには心からの敬意を表し、御活躍をお祈りいたします。

なお伊藤成彦さんをご存じない人は、フリー百科事典ウィキぺディアをごらんください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E6%88%90%E5%BD%A6

崔 勝久

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北朝鮮の人工衛星発射をめぐる政府・マスコミの狂態
        植民地主義の清算なしには東アジアの未来は開けない
                           伊藤 成彦

  1
 朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」と略記)は、“二〇〇九年四月四日から八日までの間に東海衛星発射場から試験通信衛星《光明星2号》を運搬ロケット《銀河2号》で打ち上げる”という事前通告通り、四月五日午前十一時三十分に「運搬ロケット《銀河2号》」を打ち上げた。北朝鮮政府は、二〇〇六年にも試験通信衛星を搭載した運搬ロケットを打ち上げたが、国際社会のルールに沿った事前連絡を怠って強い批判を浴びたことから、『朝鮮中央通信』の三月十二日付報道によれば、今回は「宇宙物体登録条約」など二つの国際宇宙条約に加盟し、国際海事機関(IMO,本部ロンドン)と国際民間航空機関(ICAO、本部モントリオール)に航空機と船舶の航行安全のためのルールに沿った事前連絡を行った。

 北朝鮮政府はこのように、人工衛星用運搬ロケットの発射に先立って、国際社会のルールに沿った事前準備を行っていたと認められるが、それにも関わらず、日本政府とNHKを始めとするメディアの反応は「狂態」と言う外はない程に、常軌を逸したものであった。日本政府とメディアが、三月初めから「過剰反応」を示していたためか、ブリュッセルに本部を置く国際機関「国際危機グル-プ」(ICG、議長=エバンズ元豪州外相)は三月三一日付で、「必要なことは、北朝鮮を対話に戻すための冷静でよく調整された対応だ」と、過剰反応の自制を求める報告書を発表した(『しんぶん赤旗』四月三日号)。しかし、このような国際的な憂慮にもかかわらず、ロケット発射の予告期日が近づくにつれて、日本政府とメディアの反応は「過剰反応」の域を越えて「過激反応」となり、四月四日には、北朝鮮のロケットの発射以前に、日本政府がロケットの発射を内外に連絡するという「騒乱状態」に達した。


  2
 私はこれまで、「日本政府とメディアの過剰反応」と両者を一括してきたが、もとよりこのような「騒乱状態」の震源地は麻生内閣であった。麻生内閣は北朝鮮政府が公式に発表した「試験通信衛星を運搬するロケット」という言葉を無視して、「人工衛星打ち上げを名目にした弾道ミサイル発射」という偏見に満ちた用語を勝手に作って使用し、「ミサイル発射」に対して、地上に陸上自衛隊とパトリオット・ミサイルを、海には海上自衛隊のイージス艦を並べて迎撃する、と豪語した。そしてメディアが、日本政府のこれらの言葉を無批判にそのまま、或いは時には増幅して伝えたために、明日にでも日朝戦争が始まるかのようなキナ臭く、騒然とした雰囲気が日本列島を覆ったのだった。

 そうした折に、広島平和研究所の浅井基文所長は、『毎日新聞』に毎月担当している「新聞時評」欄に、「《北朝鮮の人工衛星》批判社説に疑問」と題して、次のようなメディア批評を寄稿した。
 「私は、全国紙の社説に関心を持っている。特に毎日、朝日は、他の全国紙に比べ公正 性、中立性が高いと見られている。したがって、読者にとっては物事の判断の指標とし て受け止められる確率が格段に大きいと思う。それだけに社説を書く側の責任は重いは ずだ。したがって、2月27日付の本紙社説《人工衛星でも容認できない》及び翌日付の 朝日社説《北朝鮮ミサイル「ロケット」は通らない》には唖然とした。両社説には北朝 鮮に対する嫌悪感があふれ、北朝鮮パッシングの雰囲気が支配する国民感情への迎合を感じる。

  この問題を論じる出発点は、いわゆる『宇宙条約』により、宇宙の平和利用は《すべ ての国がいかなる種類の差別もなく・・自由に探査し及び利用することができる》(第1条)権利であることを認識することである。日本を含めて多くの国がその権利に基づき宇宙利用を行っている。北朝鮮もその権利を行使できることは自明だ。

 《弾道ミサイルも衛星ロケットも基本的には同じ技術によって飛ぶ》(毎日)、《誘導装置を備えたロケットがミサイルに他ならない》(朝日)というなら、平和憲法を持つ日本が宇宙利用すること自体も許されないはずだ。

  両社説は、国連安保理決議1718が、北朝鮮に対して《弾道ミサイル計画に関連す るすべての活動》を停止することを求めていることを根拠に、人工衛星打ち上げもミサ イル計画に関連があり、この決議に違反すると主張する。つまり両社説は安保理決議が あるから北朝鮮は宇宙条約上の権利は行使できない、と言いたいのだろう。しかし、訪 中した中曾根外相が北朝鮮の発射は安保理決議違反だとの立場を伝えたのに対し、《中 国側は賛同しなかった模様》(2日付本紙)という。《中国とロシアが最近、北朝鮮が人工衛星を打ち上げた場合、制裁は困難だとの立場を韓国政府に伝えた》(4日付長崎新聞による共同電)ともいう。

  当たり前だ。《弾道ミサイル計画に関連するすべての活動》という文言が宇宙利用の 条約上の権利をも奪いあげる、と読むことにはどう見ても無理がある。そもそも安保理 がすべての国家に認められている条約上の権利の行使まで禁じる権限があるとは思えない」

 浅井氏の文章はまだ続くが、浅井氏の指摘の核心部分は伝えられたと思うので、ここで引用を終わる。実際、浅井氏のこの指摘が、政府にもメディアの幹部にも理解されていれば、現状のような狂騒状態は生じない。


  3
 問題の核心は、浅井氏が指摘する通り、「宇宙条約」(月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約、一九六七年十月十日発効)と「安保理決議一七一八」(北朝鮮制裁決議)の読み方だ。先ず、「宇宙条約」第一条は次のように規定している。

 「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用は、すべての国の利益のために、その経済的又は科学的発展の程度にかかわりなく行われるものであり、全人類に認められる活動分野である。
  月その他の天体を含む宇宙空間は、すべての国がいかなる種類の差別もなく、平等の基礎に立ち、かつ国際法に従って、自由に探査し及び利用することができるものとし、また天体のすべての地域への立ち入りは自由である(以下略)」

 「宇宙条約」の内容はこのように明快で、北朝鮮が宇宙空間の探査及び利用を「いかなる種類の差別もなく、平等の基礎に立ち、かつ国際法に従って、自由に」行う権利を持っていることは明白だ。

 「安保理決議一七一八」は、その冒頭に「核・化学・生物兵器ならびにその運搬手段の拡散は、国際の平和と安全への脅威となることを再確認し」と述べられていることからも分かるように、北朝鮮が二〇〇六年七月に行った人工衛星運搬ロケットの打ち上げ実験と十月に行った核実験への制裁として行われた決議で、その第七項で、「北朝鮮がその他のすべての大量破壊兵器及び弾道ミサイルを完全かつ検証可能で後戻りできない形で放棄することを決定する」と規定している。但し、この決議が行われたのは、ブッシュ大統領が北朝鮮を「ならず者国家」「悪の枢軸」と呼んで核兵器による先制攻撃で威嚇し、しかも二〇〇三年三月二十日に実際にイラクに侵攻したのを見た北朝鮮が自衛のために核兵器の製造に着手し、初の核実験を発表した時で、極めて高圧的な決議文だ。

しかし、この決議は大量破壊兵器と運搬手段としての弾道ミサイルを対象としたもので、人工衛星やロケットという言葉は一言もない。米日政府は、今回同様に、北朝鮮政府の発表を無視して、発射されたのは弾道ミサイルだと決めつけたからだ。しかし、北朝鮮政府は今回は人工衛星ロケットの打ち上げを国際機関に事前通告した上で行ったので、その結果の成否に関わりなく、決議一七一八を適用することは、決議の拡大解釈であって適切ではない。

 しかも、膨大な核兵器と弾道ミサイルを貯蔵する安保理事会の大国や、米国の「核とミサイルの傘の下」にいる日本が、貧しい小国の北朝鮮にこのような決議文を突きつけること自体が不公正で、「大小各国の同権」の原則に立つ国連の基本精神に反している。


4
 最後に一言付け加えておくと、私は二〇〇三年春に、「《ブッシュの眼鏡》を掛けた北朝鮮報道を排す--日朝関係の正常化のために」(拙著『9.11事件以後の世界と日本』御茶の水書房に収録) という文章を書いた。それは二〇〇二年九月に当時の小泉首相が日朝平壌宣言に署名して帰国すると、ブッシュ政権が平壌宣言を無効にするために激しい北朝鮮攻撃を行い、それに日本政府とマスコミが便乗した状態を批判したものだった。今、ブッシュ一党は既に退いたが、今回の麻生政府の狂態とオバマ政権の右往左往を見ると、ブッシュは退いたが「ブッシュの眼鏡」はまだ残っていることが分かった。

ちなみに『ワシントン・ポスト』はオバマ政権の対北朝鮮政策について、「ブッシュ前政権の政策とあまり変わっていない」「支離滅裂だ」と批判したということだが(『毎日新聞』四月八日)、私も同感だ。ブッシュの眼鏡を掛けている者たちを、眼鏡と一緒にアジア冷戦記念館の蝋人形室に送り込まないと、諸民族の友好とアジアの平和を創り出すことは出来ないことを、今回の人工衛星ロケットをめぐる日米政府の狂態は教えている。しかも日本政府は、北朝鮮に対しては、過去の植民地支配の清算を一切行わず、過去の清算による日朝国交正常化のために、二〇〇二年九月に当時の小泉首相が調印した日朝ピョンヤン宣言を、調印者の小泉氏を含めて無視し続けている。その日本政府が、過去の植民地支配に対する清算もせずに、北朝鮮叩きに血道をあげて国連安保理事国に制裁を働きかけるとは、恥知らずにも程がある。日本の朝鮮に対する植民地主義の完全な清算なしには、東アジアにおける日本の未来は開けないことを銘記しておくべきだ。

(「マスコミ市民」と題する月刊雑誌の5月号に掲載されます。)

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