2009年3月9日月曜日

ハンナ・アレントに触れて

みなさんへ

御無沙汰しておりました。本日、3週間ぶりに無事退院いたしました。 下肢の痛み、しびれは完全にとれました。「杖代わり」になってくださった 方々、ありがとうございました、多くの方にご迷惑をおかけし、また御心配 をおかけいたしました。背骨を削る手術だったので、まだ背中の 腫れは残っているのですが、これも治ると思います。御安心ください。

入院中に読もうとハンナ・アレントを持ち込んだのですが、ベッドで寝ながら 読める本ではなく、2-3日してからは対話室で読み始めました。 『人間の条件』と『革命について』の2冊を大変、興味深く読みました。

まずは彼女の「洞察力」「総合的な判断力」に驚きました。社会科学者の引用 するイエスは自分の信仰に結びつける場合が多いのですが、彼女のイエスの 言葉の引用の仕方は私には納得できるものでした。後で、彼女が哲学の 他にもブルトマンの下で研究したということを知り、納得です。

『革命について』は退院間際まで読んで、最後の章が終わるのが寂しく、 時間をかけて読みました。こんな経験は初めてです。フランス革命、アメリカ革命 について論を深めていくのですが、自分の浅い知識と理解が次々とひっくり 返されていくようでした。

彼女は革命に言及しながら何を重要なものとして考えていたのか、その後の ロシア革命を含め何を失敗と捉えていたのか、それはちょうど私が川崎の 市長選に備えて、これまでの形骸化された代議員制度に代わるものとして、また 住民として当然のこととして外国人も参加するものとして、「区民協議会」の創設 について思いを巡らせていたときでもあり、引きずり込まれるように読みました。

彼女は、人民の自発的な組織(評議会)や、アメリカにおける小さな単位の 行政区での集会がつぶされていったことが革命の失敗とみなします。それを つぶしていった革命推進派や政党、及び代議員制度が人民の「公的な自由」 の空間を無くしていったと主張します。

川崎の市長選にあたって私は以下のことを考えてきました。
1.地方公務員の国籍条項撤廃(=「当然の法理」の実質的な粉砕)
2.街作りの根本的な考え方として地下鉄や大型ショッピングセンターを
  優先するようなこれまでの計画の白紙撤回
3.2に代わり、保育園や老人ホームの抜本的な改革
4.地方自治の新たな仕組みつくり(「区民協議会」の設立)
5.「区民協議会」においては公選公募、夜の会議、月給の廃止、外国人の参加

このような問題意識の中でハンナ・アレントを読みながら私は、川崎市の市長選で 問うべきことは、彼女がいう「統治参加」「公的自由」「公的幸福」といった、これまで 人類が抱えてきた歴史的な課題に対する挑戦なのではないかと、思いはじめました。

「在日の権利の要求」「民族主体性の回復」「民族アイデンティティ回復・強化」 これらのことは在日の歴史的な経緯と現状からして当然のことと言えるでしょう。 しかし私は、在日こそ、まさに「統治参加者」として自分の住む地域において 自由に「意見」の交換を通して「開かれた街作り」を求めるべきなのではないかと思うのです。

私は病床でハンナ・アレントとの出会いに驚き、喜びを隠すことができませんでした。 市長選を単なる政党間の権利闘争でなく、地方自治の新たな仕組み作りを求める という姿勢で臨みたいと願っています。住民が国籍を超え、「意見」の違いを超え、 「開かれた街作り」に参加していくことを求めたいものです。

戦後の日本の地方自治の在り方、その歴史と実態を正確に知る必要があるでしょう。 ハンナ・アレントが触れていなかった多くの問題点もあります(女性の立場、 アメリカの先住民や奴隷制度など)。深く言及していない点もおおくあります。 彼女を絶対視するのでなく問題提起者として捉え、現状への関わり方、関わる視点 として参考にしたいと思います。


-- 崔 勝久
SK Choi
skchoi777@gmail.com
携帯:090-4067-9352

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