2018年3月1日木曜日

文大統領の「3・1運動」記念日での演説は妥当です。

皆さんは、反発しますか、もっともだと思いますか?
これは日本人の植民地支配をどう考えるのかのリトマス試験紙です。​
韓国文大統領の3・1独立運動記念日にあたって演説

1)島根県の竹島(韓国名・独島)は韓国固有の領土との認識を示したうえで「日本がこの事実を否定しているのは、帝国主義の侵略に対する反省を拒否しているのと変わらない」と日本側の姿勢を批判した。

2)慰安婦問題について「加害者である日本政府が『終わった』と述べてはならない」と述べ、日本政府が真摯(しんし)な反省の態度を示すよう促した。

​3)​その一方、文大統領は、「苦痛を与えた隣国と心から和解し、平和共存と繁栄の道を共に歩みたい。日本に特別な待遇を求めることはしない」と未来志向の日韓関係を構築する考えも表明した。 

​4)​一方、「菅義偉官房長官は1日午前の記者会見で、韓国の文在寅大統領の演説について「日韓合意に反するものであり、全く受け入れられず、極めて遺憾だ」と批判した。」(毎日新聞より)。
これは極めて当然のことであり、私は​文大統領の​明確な表明を歓迎します。
島根県に竹島が編入されたのは1905年、日本の朝鮮植民地支配の過程でのことではないですか。日本の安倍内閣は明治以降の富国強兵政策をよかった、悪かったのは司馬遼太郎の言うように、ごく短い軍部独裁時代だけと思ってるんでしょう。一体、敗戦により何を反省したのか、つまるところ、何も反省していないということなのでしょう。困ったものです。
また22日の産経は、「国連の女子差別撤廃委員会で22日、韓国の鄭鉉栢(チョンヒョンベク)女性家族相が慰安婦問題で「性奴隷」という表現を使ったことについて、日本の外務省は同日、「受け入れがたく、非常に遺憾」だとする声明を発表しました。
 委員会は国連欧州本部で行われ、韓国の女性政策を審査した。政府代表の鄭氏は答弁で、政府が仮称「慰安婦研究所」を今年8月にも設立する計画だと明かし、「慰安婦や『性奴隷』について、資料を集めている」」と述べたそうです。
日本外務省は、「外務省の声明は、慰安婦問題は2015年の日韓合意で決着済みだとして、「『性奴隷』の表現は事実に反する。使うべきではない」と主張。
要するに、日本政府は、慰安婦制度が性奴隷であることを認めたくないということです。
 これはつまるところ、日本の朝鮮支配を認めたくないということです。「性奴隷」という単語を韓国の長官が国連で使ったことを何故、日本政府は抗議するのでしょうか。その根底には、植民地支配に対する根底的な自己批判がないと、私はみます。共和国(北朝鮮)に対して日本は旧宗主国として、いずれ遅かれ早かれ、謝罪と賠償金を払い国交を樹立するしかないという厳粛な「事実」をどれほどの日本国民は自覚しているのでしょうか。

3 件のコメント:

  1. FBで文大統領の演説を肯定的に受けとめる人の反応が多く、勇気づけられています。しかしマスコミをはじめ、まだまだ大多数は菅官房長官の頑なで傲慢な姿勢に溜飲を下げているのでしょうね。いくつか紹介します。匿名にしておきます。

    K:敗戦により何を反省…
    アメリカに喧嘩を売ってしまった事、ただそれだけなのでしょう(=その他は何一つ間違っていなかったんだ!という; -_-)。

    S:慰安婦問題、在外被爆者問題など懸案の問題は、全てこの一点、明治以降の植民地支配を徹底的に否定するのか、富国強兵でいいことをしてきた(一時期の軍事独裁を除けば)と思うのかのリトマス試験紙。

    K:「戦後70年談話」は、まさにそうした考えが貫かれています。
    アメリカに喧嘩をふっかけた事は反省する。それを許してくれてありがとう、という中身。
    アジアへの侵略は反省するどころか、むしろ自慢している。
    「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。」
    https://lovepeace15.wordpress.com/2015/08/28/安倍70年談話1 新・戦争宣言/

    M:外国の高官の中には外交辞令で「日本のおかげで解放…」のようなことを言う人もいるようですが、あくまでも日本は列強植民地の解放者ではありませんね。
    日本は列強植民地からの留学生の教育に携わったにすぎません。中国の孫文や周恩来も日本への留学経験があります。彼らが「体制と人間は別」ということを知っているのではないでしょうか。

    H:これまでの朴槿恵や黄教安の形式的な記念の辞に比べて心に響く式辞でした。菅の反応などを見ると、韓国の大人な対応と日本のお子ちゃまぶりが好対照という気がして情けなくなります。

    KM:勝てば官軍。
    薩長による明治維新の歴史を肯定。
    山口県が生んだ吉田松陰の大陸への膨張政策の延長に第二次世界大戦があると考える。
    膨張政策以外の平和を希求する道は無かったのだろうか?
    無かったとは思えない。
    北欧など、その道を探った国もあったという。
    未だ、日本は明治以来の歴史を真に反省していない。
    それが東アジアの軋轢を生むに他ならないと思う。
    ご指摘の竹島問題もそうである。
    日本の国土に組み入れられたのは、1905年であり、もう既にその時は朝鮮半島は日本の保護国となっており、朝鮮国は反対したくても反対しょうがなかったのだ。
    竹島が日本の固有の国土だという人々は1905年以前は、どの国の国土だったというのだろうか?

    T:0年あまりを経て、ただすことが出来なかった、私たちの責任です。ドイツの戦後の歴史は一夜で出来たわけではない…ナチスの犯罪を許さず追及し続けた人々の闘いがあってのことです。本格的にナチスの犯罪追及が始まったのは70年代以降という事を知り、そこに至るまで、市民の闘いがあったこと最近まで知らなかった…。日本はまだまだのまま、ここまで来てしまった…


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  2. 続き

    KU:せめて今からでも、日本も。だけど今の日本はそれに逆行している。
    歴史は、その時代の支配者に都合のいいように書き換えられる。
    何としても安部・日本会議支配を倒したい。

    NK:私は、どこの国であろうと、偏狭なナショナリズムほどうんざりするものはありません。竹島=独島については、Wikipedia の実に細かく長い説明を読んでも、両者の主張に、それぞれ完全性を認めることができません。まして、島自体の呼び名の時代による変遷、戦後の韓国の情報機関責任者による爆破提案など見ると、この無意味な争いをとっととやめて、古代・中世の史書にあるように、両国の漁民が交わりながら、入り合い地のように共同で漁業することができないものかと嘆息するばかりです。1905年以降の日本の加速する侵略行為は事実であり、島根県へのこの年の編入は、国際的にはあまり説得力はないのではと私は思います。しかし、韓国のなかにもマッチョな右翼の人々は沢山おり、かつてのパク軍事独裁を肯定する人さえあるわけで、両国の争点に火をつけて煽り喜び、それにより利益を得るような人達、これはじつは、日韓両国に存在します。しかも、それぞれの国で「保守」とか「愛国」のふりをして。こういうのが、私は最も嫌い。領土争いというのは、同族の中での遺産相続の争いと同様、人間社会のあさましさを一番あらわにするもの。慰安婦問題は、韓国の主張が全く正しいと思っていますし、そもそも、韓国は新たな金銭的要求などなんらしていないにもかかわらず、あたかも何か追加的に要求がなされたかのような報道のされ方、日本政府のコメントには、いきどおろしいものを感じています。ただ、日本の権力者たちには、もっとずるいところがあり、竹島問題については、「毅然とした態度」をとっているかのように見せかけて、実際は「取り戻す」気などさらさらないように考えざるを得ない点があります。国際司法裁判所には、韓国側の符託なしに訴えることが可能なのに、安倍政権は一切これをしませんでした。領土争いを煽って政治利用するだけが目的なので、勝ち負けいずれにせよ、「決着」していさかいが終了してしまうことが一番嫌なのでしょう。安倍氏のやることは、通名廃止の公約にしても同じことです。「嫌韓」のふりをしているだけ。このあたりの嫌らしさは、安倍氏自身の地元から古く受け継いできた支持基盤の中身とも密接だと思います。彼は、実際には、在日韓国人実業家達、とくにパチンコ業界から非常に厚く支援されてきた政治家ですから。世の中、善悪二元ではなく、事実はもっと入り組んでいるといつも思います。国と国の対立に乗せられず、人と人の前向きで、良心に裏付けられた関係を構築できることを願っています。

    SS:江戸幕府は、幕末に朝鮮領と認めていますね

    NK:それは、1696年の事件とその後の通達のことですね。Wikipedia のこの件についての両国の主張の食い違いは、私には平行線のように見えます。。結局、竹島と鬱陵島を同じ島と考えるか、日本が当時、松島と呼んだ島が現在の竹島なのか、いろいろの史書や絵を見ても、決着をつけるのは難しいと私には感じられます。実際の歴史は、両国の漁民がそのつど交わりながら、漁撈をしていた海域で、生活者たちにとっては、そもそも、国境線の意識など極めて薄弱だったのではと感じます。

    JS:ポツダム宣言受諾で本州北海道四国九州以外は領有を放棄する。と言う事になった訳で、捨てた物をオラのもんだと言うのは間違い。

    SA:平和共存と繁栄 ありがたいお話です。日本の首長らがどうあれ、私たちが、人対人の尊敬と友愛を築きたいですね。銃乱射事件の高校生達のように。昔は、私も日本人は敵だと疎外されたこともありました。が、子供らには、銃乱射に反対している米国の高校生のように問題を掘り起こししっかり議論してほしいものです。仮に日本政府が謝罪し賠償したとしても、償いは終わりません。

    D:日本が領有宣言をしたのは日韓保護条約を締結して外交権を剥奪した後でした。

    NK:文在寅大統領の言うことは正解です、落ち目国家の日本で安倍や菅が根拠のない威張りをやっているだけです。

    G:竹島については、自分は日本の領土だと思います。しかし、韓国側の主張にも一理あります。竹島が日本の領土だとされた年は朝鮮は外交権すら奪われていた時代ですから
    日本が強制的に朝鮮半島を併合した事実を省み、加害者としての認識を持ち、冷静に話し合うことが必要だと思います。

    NY:江戸時代でもとに島をめぐる問題はあり、幕府の判断は今と違っていましたね。竹島という名前も移動しているようです。松島という記述もあるようです。竹島の名は違う島なついているとかもあったりして、漁業者が利用する状態によっても異なるようです。朝鮮植民地化では日本の領域になりますが、敗戦からは韓国の支配下になるのですから、歴史的経過を踏まえて外交で解決するべきです。

    YK:今日(2月22日)は島根県が条例により定めた「竹島の日」のようです。
     竹島が日本に帰属するかどうかを決めることができる最後の権原(権限)は日本にはなく、まして島根県にはありません。
     それは、1945年の「ポツダム宣言」までさかのぼって、米・英・ 中・露が決めます。
    「日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ」(ポツダム宣言第8条・後段)
     竹島を日本の固有の領土とすべき歴史的な重要な事実や古い重要な資料などは数多くありますが、すべて「白紙」です。日本はこのポツダム宣言を1945年に受諾したのですから。

     現時点で最も新しい前記連合国の「国家元首」の「意思」としては、ブッシュ大統領が2008年7月に米政府機関の米地名委員会に対して竹島を「韓国領」とするよう指示したことです。なので、現在アメリカの地図には竹島は韓国領と書かれています。

     2012年8月に韓国の李明博大統領が竹島に上陸したとき、日本の民主党政権は「国際司法裁判所」(IC)で決着するよう韓国に提起しましたが、韓国は拒否。その場合に日本は韓国をICに一方的に提訴できます。でも、民主党政権はすぐに(同年12月)安倍政権(自民党)にとって替わられ、安倍政権は提訴しないで今日に至っています。

     提訴すべきでしょう。提訴「しない」ためには、そのための「合理的な理由」が必要です。その理由がなければ、何年か後に今さら提訴しても、国際的にはそれまで訴権を「放棄」していたとみなされます。
     提訴しない安倍内閣には、竹島を本気で取り返す意思は最初からなさそうです。
     安倍内閣がとった政策は、中学校の学習指導要領を変更し、2015年から社会科の全教科書20点に「竹島は日本固有の領土」と記載させたことです。
     両国民とも(少なくとも日本は)そのようなことをしないで、国際司法の場で正面から争うべきでしょう。その結果、勝っても負けても、それぞれの国民は納得するでしょう。
     日本が竹島を本気で取り返そうとせず、単に国内で「愛国心」に利用しようとしても、国民にできることは限られています。国防軍を創設しようとする政権政党を支持したり、投票したりすることでしょう。政権としては、単にそれが狙いなのかもしれません。
     日本によって提訴しないまま5年半も放置されたので、国際的に日本は竹島をすでに「失った」と見なされています。

    SM:国際司法裁判所の判断を仰がず学習指導要領(義務教育の場)で竹島は日本の領土だと刷り込む、これでは李承晩治世下の竹島軍事占領と本質は何も変わりません。もちろん憲法第9条のある日本は、自衛隊を派遣して「取り返す」ことは不可能です。アメリカの(学校でも使う)すべての地図で竹島が韓国領となっているのなら、その既成事実に従わざるを得ないでしょう。
    竹島領有権だけではない日韓(日朝)間の多数の懸念材料を考えるとき、日本が結果としての竹島領有を目指すことで得る国益は、あまりにも小さいと言わざるを得ません。

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  3. 続き

    IE:日本が再び、こういうことをしないのだと、当事国に信じてもらうためには、何をしたらいいのか。深刻に考えます。事実を直視すること。明確に謝罪と償いをし続けること。「歴史上、余所の国だってやったこと」などと言ってしまったのでは、事の本質が覆い隠されてしまいます。

     同じ日本人が、このようなおぞましいことをしたとは信じたくない気持ちが、一方にあります。でも、ありえたことだし、現にあったことです。これからの子供たちに、このことを伝えて、きちんと教育しておかなければと思います。直視して認めるのは辛いことだが、被害者たちは、遙かに辛かったし、浮かばれなかったのだと。

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