2017年11月2日木曜日

韓国のベトナムでの加害行為をめぐって



伊藤正子著『戦争記憶の政治学ー韓国軍によるベトナム戦虐待と和解の道』(平凡社2013)を読みました。
副題の通りを丁寧にベトナムと韓国での取材を通してかきあげたものです。共産主義から国を守るというアメリカの要請に基づいて行われた韓国軍のベトナム戦争参戦が、ベトナムにおいてなにをもたらしたのか、韓国軍がベトナムでいかなる虐殺行為を働いたのか。
しかし経済発展を最優先し加害国の責任を問うべきでないとするベトナム政府の国策とそれを支持する市民、その中で被害を受け韓国への反発と嫌悪感を示す民衆、一方、非人道的な加害事実は許されるべきではないとする韓国人学生やNGO及び徹底的にキャンペーンをはったハンギョレ新聞の動き、それに対するベトナム戦争に参戦した韓国の軍人たちの激しい反発という韓国を二分する「論争」、著者は両国のそれぞれの動きとその背景を明らかにします。

著者は国が定めた国益のためのナショナル・ヒストリーではなく、韓国軍の加害行為を明らかにしベトナムへの謝罪を求め続ける韓国人学生らをベトナム戦争の被害者である住民が受け入れ始めるという、両国の市民(住民)の和解の実態に注目します。韓国の学生やNGOの勇気ある行動は、「ナショナルヒストリーに取り込まれなかった「残余の記憶』の中にこそ存在した事実を、白日の下にさらした」、それは「韓国でもベトナムでも衝撃的だったのだ。」と記します。
著者はベトナムと韓国の関係を傍観者的に描くのではなく、日本人である自分の立場性についても思索を深めます。日本では知られていないが、日本がベトナムを占領した際、1944年末から1945年初頭にかけて、ベトナムでは「200万人餓死事件」と呼ばれている大飢餓を起こしたそうです(早乙女勝元『ベトナム2200万人”餓死の記録-1945年日本占領下で』
(大月書店 1933)。
そして「第四章 記憶の戦争ー和解への道とは 3「過去にフタ」はできないー日本の場合を考える」と「おわりにー「残余の記憶」を拾いつくそうとすることー」に日本の植民地支配の問題を取り上げます。著者によると、日本人は自らの経験もあり戦争責任に関しては自覚があっても、海外で行われた植民地支配に関しては自覚が薄いということを強調します。それを彼女は「世代と国境を越えてー「応答責任可能性」としての戦後責任」と表現します。
自公の圧勝に終わった今回の選挙結果を受け、「国難」キャンペーンが功を奏したと言われていますが、著者の最後の言葉を紹介します。ベトナムと韓国両国における、ベトナム戦争時の韓国軍の行為をめぐる両国内の受け止め方とその背景を丹念に追いながら、最後に著者は日本人の立場性と問題点を明確にします。参考文献が豊富なので、大変参考になります。私も何冊かアマゾンに注文しました。野田正彰『戦争と罪責』(岩波書店 1998)はお勧めです。
<「歴史にフタ」をして「日本人の誇り」を取り戻すことによってではなく、「残余の記憶」を拾い、それを繰り返して記憶していくことこそ、われわれが平和な社会、平和な世界を創造していくための基盤になりうるのではなかろうか。>

0 件のコメント:

コメントを投稿