2014年10月30日木曜日

国際連帯運動の広がりを求めてー台湾、フィリピン、韓国を訪問して

原発メーカー訴訟の会のメンバーの中から50名を超える人たちが、国際連帯運動の広がりを求めて海外に飛ぶ私の計画を支持しカンパをしてくださいました。心から感謝申し上げます。このように多くの方がたがご支援してくださるとは考えていなかったものですから、逆に、訴訟の会のメンバーは真剣に国際連帯運動の必要性を痛感しているということを確信しました。

カンパそのものは、フィリピンで開かれたPeace for Lifeの戦略会議への招待、及び韓国での「核キ連」(核のない世のために キリスト者連盟)、NNAA-K、大邱(テグ)・釜山(プサン)での会議参加のためであったのですが、その直前に参加したNNAF in Taiwanのことにも触れた報告をいたします。

1.NNAF 2014 in Taiwanへの参加(9月16-21日)、Lanyu島訪問を含める
まず冒頭にNNAFで公表された声明文に関する不可思議なできごとを報告しなければなりません。
声明文は私たち自身が参加したNNAFでの話し合った内容がまとめられたものですから、その内容に関して無視できないからです。

主催者側がフォーラムの始める前に準備した声明文の内容は、各国のメッセージを含まず、構成、同じことの繰り返し(どういうわけかエネルギー問題に偏りすぎていたり、中国にNPT参加を求めたり、中国への攻撃)が多く、声明文の完成に関わるメンバーに選ばれた山本さんと私は、翌朝の声明文の検討をする会に備えて前日の夜、読み合わせをしたのですが、これでは修正できないので、むしろ改めて書き直したものを私たちの意見としてだそうということになりました。山本さんが草案を書いてくださり、それを読んだ台湾側の責任者(TEPU会長)は、むしろ私たちの作成した草案を採択されました(第二稿)。

第二稿にはバスの中で書いてもらった各国のメッセージを入れたのですが、それを元にして、第二原発の展示場で一定のメンバーが集い声明文を完成させました。しかし竹野内さんから第四原発のゲート前で具体的な修正事項の話しが出て、その内容に賛成した私と山本さんはその修正を竹野内さん委任してランユー島に向かいました。従って私たちは記者会見会場には参加していません。その修正されたものが記者会見会場で配布された第3稿です。

  写真は第二稿を推敲し記者会見に使われた第三稿の原型を完成させたメンバー。

原発メーカー訴訟の件はしっかりと触れられています(韓国でその英文を韓国語訳したもので確認、また竹野内さんのHPでも確認。http://savekidsjapan.blogspot.jp/2014/10/the-2014-no-nukes-asia-forum-joint.html)。
ところがその後その声明文の原発メーカー訴訟の箇所を削除したり、その他の修正したもの(第四稿)が正式なものとして佐藤大介氏から公表されています。

どの声明文が正式のものか、記者会見で使われたものと違う声明文が別途公表されている理由は何か、私たちは台湾の主催者側と、日本のNNAFーJ責任者の佐藤大介には公開質問状をだす考えです。特に佐藤氏は、NNAFとは関係のない、原発メーカー訴訟の会の会場で、悪意に満ちた、また事実に基づかない怪文書を公表しました。そのことにも強く抗議してしかるべき対応をいたします。その怪文書は島弁護士の事務局長辞任を迫る一連の工作の中で位置付けられていたことは大変残念です。またその日の混乱した会議の模様は、訴訟の会事務局がその録画、全ての発言を文字化したものを公表しました。そこで佐藤氏の発言も確認されます。

アジア各国、地方から集まったNNAFの実態

具体的なアクションプランを討議する場はなく、台湾と各国の代表の報告が全てと言ってよいフォーラムでした。もちろん、そこから学ぶべきことは沢山ありました。交流そのものに意義があったことは事実です。交わりの中から、次回はインド、再来年はトルコと開催地が決定されました。主催者側の配慮やその準備が大変であったことはよくわかりますし、そのことには感謝の言葉もありません。

しかしNNAFの反省や総括というものはどこでなされるのでしょうか、NNAFではそういう反省はなく、順番にアジアの国で開催することに意義があるということなのでしょうか。3・11以降、アジアの反原発運動は大きく動いてきています。やはり国際連帯運動を標榜する限り、その動きに連動し、実際の運動に結び付くような形に自らを変えていくべきではないかと強く感じました。そのためには、主催国を中心にした各国との普段の連携が重要になってくるでしょう。

2.DAVAO, ミンダナオ島、フィリピンを訪問してーPeace for Lifeに戦略的パートナーとして参加
Peace for Lifeは10年前にアメリカのブッシュ大統領がイスラムをテロリストとして攻撃しはじめた時に、世界のキリスト教徒とイスラム信者が中心となって①帝国(Empire)との闘い、②宗教間の連帯、宗教内部の革新、③女性の解放、④軍事基地の戦いの支援 を進めてきた世界的な組織です。今回の私のミッションは、Peace for Lifeにとって原発体制との闘いは必要不可欠なことではないかということを提案して理解してもらうということでした。

結論的には、今回は世界各地区、北米、アフリカ、アジア、ヨーロッパから参加した各教団やそれぞれの組織の代表たちは私の主張する内容を理解し、受けとめ、Peace for Life としても取りくむことを決定してくれました。彼等の寛容な態度、柔軟で闘う姿勢に敬意を表します。


私がそこですぐに実行できることとして提案したのは、原発メーカー訴訟の会がはじめる、東京地裁に提出する100万人署名の実行と、原発による環境汚染の絵本を書いた田島伸二さんの絵本
(英語版)を世界に普及させていくということでした。Peace for Lifeの最終ラウンド会議で提案したので、すぐに実行に移します。幸い、田島さんの絵本は、台湾の出版社とは中国語版で世界販売の契約を交わしたので、英語版でのPeace for Lifeのネットワークを活用した販売は問題はないと思われ、田島さんの許可をえましたので今後の成果が楽しみです。世界中の子どもに、原発による環境汚染の問題が亀のガウディの物語を通して知れ渡るようになることを願います。

田島伸二さんのプロファイル:http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%C4%C5%E7%BF%AD%C6%F3

フィリピンのミンダナオ島でのPEACE FOR LIFE の開会式です。ケニアの女性から植民地主義の関する厳しい批判がなされました。彼女はミンダナオ島に入るとき、空港でモスリムということで徹底してカバンの中を調べられたとのことです。テロリストかも知れないというので。

この会議は全世界の地域から集まっています。ブッシュのモスリムを敵対視したことに抗して、クリスチャン、モスリムが一緒になって組織化したものです。在日の私がこれまでの行動と発言によって日本地域から選ばれ、招待を受けました。

Peace for Life の全体会議が昨日の午前中に終わり、午後から今日にかけて個別の案件、予算などを決定するラウンドテーブル会議がはじまりました。全世界の各地区、北米、ヨーロッパ、アフリカ、太平洋、アジア(タイ、パキスタン、韓国、フィリピン)、そして日本からは私が招待されました。10年前のブッシュ米大統領のモスリムを敵対視する政策に対してイエラムのキリスト教の連帯からはじめられたものです。植民地主義、帝国主義との戦いを掲げ、女性の解放を求める世界的なネットワークです。私はそこで反原発の世界的なネットワークづくりを提案しています。

ミンダナオ島での回教徒に出会って
ダバオはミンダナオ島最大の都市です。この島では人民解放軍が政府に武器をもって対抗し、交渉を続けています。クリスチャンの多い(カトリック)フィリピンでは回教徒はマイノリティであり、差別によって苦しめられています。マルコスを倒した革命があっても未だ多くの解決されない問題を抱えているのです。

私たちは開会式の前に、6000人の回教徒の集落を訪れました。婦人たちが子供のこと、仕事のことで闘っている経験を涙ながらに話すのを聞きました。その集落で住民の暖かい接待を受けました。




何といっても感動したのは、Peace for Lifeの開会式に出席した学生たちの態度です。会場の半分を占めていました。英語で教育を受けている所為でしょうが、講演者やパネラーの話しに耳を傾け、熱心に質問をしていました。彼らにとっては植民地主義との闘いは過去のスペイン、アメリカとの過去の物語ではなく、今とつながる問題としてあるのです。それは彼が演じる寸劇でもよくわかりました。悩みが彼らをたくましく活動的にさせているという実感です。




モスリムでありながら、革命を起こした国フィリピンの国民として原発を建設したものの、廃炉にし、米軍基地をなくした闘いの歴史を持ちます。しかし今は、中国との関係悪化でアメリカに基地を提供するようになり、廃炉にした原発も復活するか、新たに作ると政府は言明しています。モスリムの闘いは、人権闘争であり、格差との闘いであり、生存権の問題ですが、その闘いが原発を建設させない闘いへの向かうのか、またその原発を建設しようとしているのが韓国と日本であることにも注目したいと思います。

3.韓国のソウル、テグ、プサン訪れてー「変革」の火は消えず(10月21-25日)

初日の夜は韓国の名門女子大学である梨花大学の教授と会い、食事をしながら全般的な韓国の状況を話しあいました。彼の話しはとても悲観的でした。大学の教授、学生、教会それぞれの官僚化の波で人々は闘うより、日々の糧をどのように確保するのかということに汲汲とし、不義に対する怒りはあっても散発的で、豊になったがその分忙しく、社会を変革していく芽が削がれているとみているようでした。私は日本と同じですねと言いながら、フィリピンの学生の話をしました。

豊かであることは幸せか、私は自分の意志ではないものの、全てをなくしイエスに従う、何もないことで自由に戦えることの喜びを伝えました。彼はそんな私をうらやましいと言いました。

「核キ連」(核のない世のため キリスト者連盟)の国際部の責任者になったイ・デス氏とソウルでは一緒でした。彼は牧師でありながら市民運動、特に海外の市民との交流を進める第一人者と言っても過言ではないでしょう。韓国の教会や市民運動において、反原発運動を本格的に進める状況にないことを憂いながらも、そのようになってほしいと願いつつ、海外との交流に力をいれています。氏からは、6月に北米(カナダ、アメリカ)に行き、現地の市民運動、教会と交流を持ち、写真展や催しものと私たちの反原発、メーカー訴訟の問題提起を一緒しようという誘いを受けました。氏にとっては二回目の北米訪問になり、反核・反原発運動の世界的なネットワークづくりにはアメリカは欠かせないと判断しているようです。この件は日本でも早急に検討しなければならないでしょう。

NNAF 2014 in Taiwanに出席した人が集まり、反省会と今後の展望について話しあいをしました。
NNAFの意義、その持ち方については批判的な意見がだされました。はやりフォーラムをもつことだけを目的にしている、その運営方法に関しても様々な意見がだされました。特に、フォーラム終了後に、10万円の送金依頼が来たことを巡って話しがでました。会計報告もないなかで、参加費だけだせばいいということで出席したのにそれでは約束と違うという強い意見が主流でした。しかし最終的には、私たちはアジアにおける国際連帯運動を作っていこうとしているのだから、お金はだして、言うべきことを言い、既存のあり方に満足しない新しい運動を作るべきではないか、そのためにはお金をだそうということに決まりました。さすがに彼らは成熟していると感心しました。

しかし高木仁三郎の強いリーダーシップによる韓国への影響を聞いてきた彼らはNNAFに関係するいかなる組織も代表もなく、ただ、毎年1回のフォーラム開催にかかわってきたがこれからはどうするのか、NNAF批判でなく、自分達の国際連帯運動構築のイメージ、プランはどうなのか、自国の運動との関わりはどうなっているのか、という厳しい批判を受け、そこから立ち上がって行かなければなりません。それは日本にいる私たちも同じことでしょう。言葉だけ、観念だけの国際連帯運動でなく、具体的、実質的な運動をどのように構築していくのかということこそが最大の課題なのではないかというところで私を含めた参加者の意見は一致しました。

テグ(大邱)での若い人の集まりー在韓日本人の岡田さんの働き
岡田さんが大邱の大学で日本語を教えながら、自ら大学院に進み、地域の青年たちにも日本語を教えながら反原発運動、被曝者2世の問題に取り組くことで活性化されてきた大邱には、私はこれで3回目になります。今回は、韓国での反原発運動の日本人専従である高野さんと同行しました。かれがNNAF台湾で見てきたことを語り、私は台湾の運動の背景、国際連帯運動の必要性について語りました。

テグは岡田さんを中心に韓国語を日本語に翻訳するチームができ、今後、メーカー訴訟の訴状の翻訳(現在は鈴木真奈美さんの本を翻訳中)も完成させ、ネットによるNNAA-Kの情報発信の要になると思われます、いずれ英語版にも着手することになります。楽しみです。首都ソウルより、その周辺の都市で若者が活動しはじめるということになりそうです。

会議の後、テグ近くの清道(チョンド)というところにある送電塔建設を巡る闘いがあり、現地のハルモニ(おばあさん)たちとその支援者が集まるという集会に行きました。古里原発で作られた電気を都市に送るには電線が必要で、そのために送電塔も必要になって来るのですが、それを農村の住民の巨移住地域の真上に建設しようとする政府の計画に電線を地下に設置することを求めているようです。会場で映し出された映画は密陽(ミリャンの闘いは有名で、私たちも訪問しました)と同じ
ような印象を持ちました。









会場には若い人が多く、現地のハルモニを支援する多くの人が集まり、パネルディスカションあり、歌ありの盛況でした。何と言っても韓国は日本の植民地支配からの解放後これまで、2度の革命を成功させたところです。その伝統は残っている、また日本の植民地支配に対しても闘った人たちの伝統が残っていると私は感じました。

4.プサン(釜山)のイジンソップとの再会ー彼の闘いを全世界に
イジンソプさんは古里原発から7キロ圏内に生まれそだった人で、奥さんの甲状腺ガンの責任は原発にあると争い、裁判で勝利判決を勝ち取りました。自閉症の息子を育て、自身も直腸がんのっ手術をした彼は、福祉の事務所を構えて徹底して闘うことを覚悟して生きてきた人です。

新聞にでて1日で7キロ圏内の住民10人以上から問い合わせの電話があったそうです。一躍時のひととなり、韓国内だけでなく、日本からの取材をうけるのに忙しいとのことでした。この裁判勝利の背景には、ソウル大学医学部の古里原発周辺の甲状腺がんの実態を調べる信頼できる調査がありました。7キロ圏内の人は2・5倍甲状腺がんにかかる比率が高いという結論がでていたのです。

韓国には23基の原発があり、この結果は韓国新聞でも「健康権」として取り上げられました。福井判決の「人格権」、私たちメーカー訴訟の「ノー・ニュークス権」と並び称されることになるでしょう。
この闘いは、7キロ圏外にも拡がるでしょうし、23基ある韓国の原発の立地地域における裁判闘争となってくるでしょう。またそれは韓国のみならず、日本の54基の原発立地地域住民の闘いにもつながって来るでしょう。世界中の原発立地地域の住民との共闘につながるのではないかと予感します。

私はイ・ジンソプと話をして、日本に来て各地で講演をして回ることを提案しました。そのことは氏も望むところでした。早急に彼を向い入れる体制を作りたいと思います。

この写真は氏の事務所に集まる脱核釜山市民対策委の実務会議の様子です。ほとんど、いや、全員が若い人です。ここにも韓国の闘いの希望を見い出します。11月15日の集会準備をしていましたが、1000名を集めるとのことです。

5.国際連帯ワーキングチーム新設
今回の海外訪問で具体的な国際連帯運動のイメージが明確になりました。帰国後の事務局会議(会計には声をかけていない)で私は以下の提案をいたしました。11月11日の定例事務j局会議で改めてご報告いたします。

1.事務局の傘下に国際連帯ワーキングチームをつくるので、日本内外の希望者からスタッフを募集いたします。アドバイザ―も決定いたします。任務としては、
①Peace for Lifeのネットワークを通して、訴訟の会が展開する、東京地裁に提出する100万人の署名活動及び、サポート会員の募集
②英語版HPの充実
③田島伸二さんの亀を主人公にして原発の環境汚染を取り上げた絵本を全世界に拡げていく。
④その他

2.韓国で夫人の甲状腺がんが古里原発によるものと裁判を起こし、勝利したイ・ジンソプ氏を招へいし、日本国内及び全世界の原発立地地域の住民との国際連立運動を模索する。

以上のプロジェクトは即、活動を展開します。総会で決定される新体制を待つのでなく、現体制でできることはやっていくことをここに決意表明いたします。原発体制との闘いはこちらの都合で休んでいいというような状況ではありません。御理解、ご支援をいただけましたら、幸いです。

原発メーカー訴訟の会 事務局長  崔 勝久

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