2013年12月14日土曜日

敵を撃つこちら側の内実ー川崎市の民族学校への差別政策と秘密法案とのつながり

川崎にこれまでのような官僚出身でない、旧民主党でナショナリスティックな面をもちながら地域社会の住民参加を強調し、どの党からの支持を得られなかったにもかかわらずまさかの当選をした福田市長が、就任してまもないこの時期に早速、民族学校への差別政策を敢行するという馬脚を現しました。彼は外国人もまた川崎の住民であるという根本的な問題をどのように考えているのでしょうか。


朝日新聞の「どうする秘密法」の連載で辛淑玉は明確な視点を提示しています(12月13日)。

福田市長の姿勢には同じ住民であっても外国人は別、という明確な姿勢が現れていると見ます。特定秘密保護法案が通り、スパイなる物騒な言葉が独り立ちし、ますます北朝鮮・中国を敵対視し、日本国内の外国人に対する警戒心が増長される危険性があります。見識ある市民は眉をひそめるでしょうが、多くの市民は北朝鮮が悪いのだから仕方がないと黙認するのでしょうか。

特定秘密保護法案廃止を志す有志の会が川崎でできました。私もその末席にいるのですが、ヘイトスピーチや民族学校への差別と秘密保護法案が関係していると捉える視点はまだ議論になっていませんでした。川崎でのこの法案の学習会の中で、この法案は自分たちの住む川崎ではどのような実際的な問題になるのか、ということをしっかりとはなしあいたいものです。

秘密法案は地域の問題と、原発輸出やTPPによって日本がアジアの人たちへの加害者の立場になっていくという問題を隠蔽するでしょう。

川崎の朝鮮学校への補助金の打ち切り宣言について東京新聞川崎版が注目すべき視点を提示しています。福田川崎市長が打ち出したのは文部省、神奈川県知事に続けとばかりの、民族学校に対する差別政策です。そもそも北朝鮮の拉致問題、核実験を口実にして日本にある民族学校への補助金を打ち切るというのは、世界的に見て、許されない差別です。
この点について川崎市の施策にも関わる立場の有識者の発言を掲載しています。


それは、川崎市の独自の子どもの権利条例16条「国籍、民族、言語などで少数の立場の子どもが、自分の文化などを享受し、学習し、表現しすることが尊重される」に反し、「条例での保障は、子どもにとって大切なことが、その時々の政治情勢や政策上の都合に左右されてはなら」ず、「トップの暴走にくぎを刺す」べきものであるという主張です。

前市長の阿部さんでさえ、県の方針については(補助金)「ゼロは極端。子どもたちに責任はなく、ある程度の教育を保障することは大切」と批判していました。彼の場合は補助金の一部を拉致被害者救済のための啓蒙グッズを購入しそれを配布しました。それに比しても、福田新市長の決断はこれまでの川崎でのそれなりの多文化共生政策の蓄積を無視したものです。

はたして福田市長を泡沫候補として推さなかった自公民の議員がこれまでの慣例に反した市長の決断に迎合するのか、柔軟性ある対応の仕方で、予算編成の中で何らかの措置を提示するのか、明らかにされていくでしょう。

市長の決断をこれまでの多文化共生政策の逸脱とみなし「多文化共生を築き上げた川崎のヒューマニズムの伝統を、市長も受け継いでほしい」と話す世話人の関田寛雄さんはその気持ちを代表するものでしょう。私自身は多文化共生は現代の植民地主義のイデオロギーとみなしているのですが、関田さんたちの怒りには共鳴します。
   「多文化共生」は、現代の植民地主義のイデオロギーです
   http://oklos-che.blogspot.jp/2012/10/blog-post.html

多文化共生を看板に川崎の南部の祭りにも朝鮮の舞踊などが披露されていたのですが、今回の市長の決断に住民が怒りをもって補助金の復活を願うのか、やっぱり何をするかわからない北朝鮮系の学校は問題だろうというマスコミの論調に踊らされて沈黙を守るのか、秘密法案廃止でを掲げ、日本の戦争に向かう右傾化を問題視する運動が、この足元の民族差別の問題まで確実に視野にいれることができるのか、これからが正念場です。

敵を撃つだけでなく、敵を撃つこちら側の内実が問われるでしょう。


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