2010年12月21日火曜日

臨海部論争についての感想ー佐無田 光

「新しい川崎をつくる市民の会」では今年になって、臨海部についての2回の学習会を持ちました。第1回目は横浜国大の中村剛治郎さんの講演で、「市民参加による地域再生を目指して」というタイトルでお話しいただきました(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage21.html、http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage30.html)。

二回目は川崎市の経済労働局産業政策部部長の伊藤和良さんから、臨海部と中小企業の将来についての熱い想いを伺いました(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage31.html)。伊藤さんとの対話を続けたいという考えを、中村さん、伊藤さんのご意見を踏まえてブログで記したところ、金沢大学の佐無田 光さんから投書をいただきました。ご本人の承諾を得て、掲載させていただきます。

佐無田さんは、『環境再生』(有斐閣)や『地域経済学』(有斐閣)、「京浜臨海部の再生と地域経済ー地域比較の観点から」(http://www.justmystage.com/home/fmtajima/newpage34.html)など多くの臨海部に関する論文を書かれています。

これらを踏まえて、行政から伊藤さんあるいは、総合企画室の方、或いは地元選出の議員の方、あるいは研究者や市民の方からのご意見をいただき、議論を深めていければと願います。

崔 勝久

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崔さんへ

金沢の佐無田です。
いつもメールをありがとうございます。リプライせずに失礼しておりましたが、ようやく時間を取れましたので、感想などお伝えしようと思います。

先般の伊藤部長との学習会について。こうした場に出てくる伊藤部長の姿勢には感心しますし、地域産業政策に関して市民の参加する議論の場を作って行こうとする崔さんらの努力にたいへん敬意を覚えます。継続的な住民学習と開かれた地方行政の関係へとつながっていければ何よりなのですが。

伊藤部長の提起する「川崎を研究開発都市にする」「中小企業の製造業の技術力を活かしていく」方向に私も賛同します。問題は、それをどのような全体構想あるいは都市像の下で実現していくか。この点が伊藤さんと崔さんの間でも議論がかみ合わなかった点のようでした。

私なりにいくつかの論点を整理すると、

1. JFEなどの大企業の工場に残ってもらうことと、研究開発機能の集積や中小企業の技術力との連携を図ることが、どうつながるのかという関係性が明瞭に見えないこと。両者を「工業集積」と括ってしまうと、地域内での産業連関が見えなくなってしまいます。日本の大企業は研究開発を内製化し、外部調達しませんから、そのままでは、最新鋭製鉄所が地域にあっても、地元の研究開発型中小企業にとってはメリットがありません。

THINKのような施設は、JFE都市開発の事業であって、JFEにとっては
不動産の有効活用ではあっても、THINKの入居企業の研究成果をJFEが柔軟に調達して製鉄所の競争力を高めるような関係には、(以前調査したときには)なっていませんでした。もしこのような関係が形成され高度化するならば、JFEは簡単に地域から出て行かないでしょうが、現状では川崎立地のメリットは不動産と設備が残っているということだけで、同じ大都市圏立地の千葉県蘇我に機能集約すると、いつ判断されてもおかしくないと懸念されます。この点で、川崎市の産業政策が、臨海部大企業と地元中小企業との関係構築(とくに研究開発面での分業関係)にどう携わってきたのか、産業政策の具体的な中身のお話はどうだったのでしょうか?

2.中小企業再生の条件と地域労働政策について。
伊藤さんも指摘されているように、中小企業の問題は高齢化と後継ぎがいないことです。なぜそうなるのか。現在の日本の労働市場は階層的で、大企業からの離職・転職は生涯所得の大幅な減少を不可避とするので、優秀な人材ほど大企業志向で、大企業に囲い込まれる傾向にあります。しかも、グローバル競争のもとで、大企業は下請け中小企業の選別を進めたので、コスト削減圧力が高まって中小企業の労働条件はさらに悪化し、資金繰りも厳しく、技術開発に投資するような余力がなくなっていくという悪循環にあります。

こういう構造をそのままにして、地域の中小企業再生策はどのくらいリアリティがあるのか、という論点です。実際に、川崎市の企業数はどんどん減少しているわけです。日本でアメリカのような流動化した労働市場を展望することは現実的ではないですが、北欧やドイツのように、地域レベルの職業訓練政策、創業に失敗した場合の再雇用保障制度、大企業と中小企業の垣根を越えた地域的な労働組合の連帯運動など、地域労働政策の進展がなければ、現在の地域産業政策だけでは中小企業の再生というのは難しいのではないか。

3.製造業とサービス産業との関係について。
伊藤さんは、「設計、計量検査、エンジニアリング、給与計算、在庫管理と原価計算、財務と保険、輸送、設備機械の修繕と保全、検査」などの高付加価値サービス産業は製造業の生産がなくなればなくなってしまうと言っていますが、それは現状維持の視点で、私はサービス産業についてはもっと戦略的な位置づけが必要ではないかと思っています。大企業に依存する垂直分業ではなく、研究開発型中小企業を主体にした技術力の強みを活かす地域経済を展望するならば、経済仲介機能を発揮するビジネスサービスの発展が不可欠です。

いい技術があっても売れなければ意味はなく、売れても安く買いたたかれていては地域経済は発展しません。グローバル経済におけるモジュール生産が進展し、すり合わせ的な下請け系列関係が揺らぐ中で、日本の中小企業の課題として、いくら技術力があっても、大企業以外のチャンネルでそれを国際的な技術市場に「売り込む力」が弱いということがあります。

しかし、技術開発力に強みを持つ職人的な中小企業が、個々に国際的に自ら売り込むことまで期待するのは無理があります。技術の売り込みに関しては分業し、経済仲介機能を担うビジネスサービスを身近に調達できるのが理想です。海外から地元企業への投資の仲介、技術の海外移転の契約の仲介、海外市場とつながるための人材の仲介などを、大企業に頼らず、地域企業の損にならないように交渉できる信頼に足るビジネスサービスを戦略的に地域に育てる必要があるのではないか。そして、これを実現する上で「都市の国際化」が条件の1つとなるのではないかという論点につながります。

都市の中で国際化に対応できるビジネスサービスが育つには、まず都市の国際化が必要であり、外国人起業家が次々出てくるような社会風土があるかどうか。川崎市は国際化に熱心な自治体で、アジア起業家村などの政策もありますが、上記のような国際的なビジネスサービスの集積につながり得るものなのか、もう少し検証が必要かなと思っています。

4.臨海部に遊休地が発生して跡地利用を考えるときに、産業立地で埋めるべきかどうか。装置型重化学工業の立地から、高付加価値な研究開発型産業へと変わっていくならば、従来と比べて広大な産業用地は必要でなくなり、もっと生活条件をも考慮した空間編成がされてもよいはずが、そうならないのはなぜか。1つは民間企業の私有地だからという土地所有の問題があります。民間企業の取引に任せていれば、バラバラでしかも低付加価値な土地利用になってしまう恐れがあるので、川崎市側としてもそれはまずいと考えて、できるだけ一体的な土地利用転換を促すようにずいぶん苦労されているという印象です。

しかし、もう1つには、一体的な土地利用転換のための道筋をつける話し合いの場を設けたとしても、まず地権者である企業の意向を無視するわけにはいかず、国や県の支援も必要であって、そうしたメンバー中心に臨海部再編を協議するので、産業立地以外の発想が出てこないという問題です。(直接的に固定資産税収を求める市行政の利害もあるかもしれません)臨海部の将来像を描くときに、産業の発展を展望することはもちろん1つの大事な見識ですが、そればかりではなく、生活の質を求める住民の素朴な要求というのも大事な要素で、お互いが鋭く対立しあいながらも、独自の解決策を見出していくプロセスにこそ地域発展のダイナミズムがあるのではないかと思っています。

しかし、川崎の臨海部では、対抗的な市民運動の主体も、その意思決定に関与するチャンネルも弱いというのが難しさです。世界各地のサステイナブルな地域づくりを見ても、市民運動側から環境とか人権とか非経済的な価値を求める力が強く、それを受けて産業サイドがそうした非経済的な価値を活かした新しいビジネスモデルを開発するという関係性が見られます。はじめから産業優先だと思考が既存の構造にとらわれて斬新な発想が生まれないわけです。

産業政策を否定するのではなく、しかしそればかりで臨海部を考えるのでもなく、環境再生や市民生活の再生を大事にする見識と産業政策的思考が交わる場をどう設定するかという、政策統合の論点があるのではないか。このあたりが崔さんが提起したかったところなのではないかと思います。

その他にも論点はあるかと思いますが、とりあえずここまでの感想をかねて、考えを整理してみました。また時間を取れたときにしかご返事できないかもしれませんが、崔さんのお考えもお伺いできればと存じます。

今後のご活動も期待しております。

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