2010年8月22日日曜日

中塚明著『現代日本の歴史認識―その自覚せざる欠落を問う』を読んで

先日の「韓国併合」100年を問うシンポジュームでの中塚明教授の基調報告を聴き、会場で教授の著作を買いました。『現代日本の歴史認識―その自覚せざる欠落を問う』(高文研、2007)という本です。その本が第1版であることに驚きました。こんないい本がどうしてもっと多くの人に読まれないのかと思ったからです。

著書は4章で構成されています。第1章「明治の日本」を讃える“常識”を疑う。第2章「明治栄光論」で隠蔽される歴足の事実。第3章 歴史の偽造・3例を検証する。(1.江華島事件はなぜ起きたか。2.日清戦争はどうしてはじまったのか。3.日本政府・軍がひた隠しした東学農民軍の抗日闘争)。第4章 韓国にみる過去の問い返しと歴史認識の深まり。この目次を見ただけで、先生の意気込み、気迫が伝わってくるような気がします。

NHKの坂本竜馬が放送されていますが、作者の司馬遼太郎は「明治の時代」を最大限称賛し、戦争に突き進んだ昭和の時代は「非連続の時代」と解釈します。この「明治はよき時代」であったという認識は現代の知識人といわれる、例えば反藤一利、寺島実郎だけでなく、鶴見俊輔、藤原彰までにも影響を与えているようです。

かつて5000円札の顔であった新渡戸稲造、岡倉天心、矢内原忠雄が植民地朝鮮をどのようにみていたのかも明らかにされます。さらに、雑誌『世界』で朝鮮のことをとりあげたのは、1946年5月号であり(丸山真男の有名な論文「超国家主義の論理と心理」と同じ号)それも朝鮮支配を近代化という観点から正当化する内容で、それ以後の無関心状況から、中塚教授は、「戦後日本の知識人の責任」を厳しく問います。

日清戦争に至る日本の暴力的な侵略の事実を最新の研究成果を取り上げて実証しながら、それらの事実を日本政府が軍人を動かしどのように隠蔽していったのかを明らかにして、「明治のよき時代」幻想は完全に覆えります。中塚教授の歴史観は明確で、明治以降日本人が積み上げてきた朝鮮に対する見方は「今日でもいぜんとして変わっていません。変わっていないばかりか、日々、再生産されて」いると喝破します。

韓国における「東学乱」の位置付けも、韓国での民主化闘争の過程で大きくかわってきており、その「農民革命」には農民の男だけでなく女性、子供も参加し、そのモニュメントの作り方まで「新たな歴史観」に基づき変化してきたことを教授は説明されます。教授とで会った韓国の研究者は、「国家主義」「民族主義」という「狭い垣根から解き放つ」体験をしたという新たな可能性、地平まで示唆して終わります。

日本の教育の現場で、近現代の歴史がしっかりと教えられるべきだと痛感します。また植民地主義史観の克服は、日韓両国においてもいかに困難なことか改めて認識しました。みなさんに一読をお勧めします。

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