2010年7月28日水曜日

横浜市で何が起っているか?―自由社版「つくる会」教科書をめぐって―加藤千香子

 横浜市では、「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)の自由社版教科書『新編 新しい歴史教科書』が、昨年夏の採択決定に基き、今年4月より市内18地区中の8地区(港南区、港北区、青葉区、都築区、金沢区、緑区、瀬谷区、旭区)の中学校で使用が義務づけられています。この教科書は、以前から内容における大きな偏りや、間違いが多いことが指摘されていました(採択後にも40ヶ所もの訂正が行われています)が、現在公立中学校では横浜市でしか使用されていない教科書です。

 ここでは、横浜市における教科書採択の問題、現在どのような動きが進んでいるか、そしてそれに対抗するための私たちの取組みについて述べたいと思います。

1 採択決定の経緯
教科書採択が決定されたのは、昨年8月4日の横浜市教育委員会でした。横浜市の教科書採択は、すでに2005年から、各学校の意見が排除され、教科書取扱審議委員会の答申をもとに市教委が採択するという手続きになっています。今回の採択は、中田宏元横浜市長(採択決定後に市長辞任)が任命した今田忠彦教育委員長ほか6人の委員の採決によって行われました。その際、他教科が従来通り挙手裁決、歴史だけが無記名投票という不公正な方法がとられ、しかも学校現場の声はもとより教科書取扱審議会答申(答申では自由社の評価は大変低い)すら無視したものであったことが明らかになっています。

 また、市教委では、「つくる会」に同調している市民団体が請願してきた採択地区の市内一地区化を方針として決定し、県教委に変更の承認を求めていました。教科書採択後の10月の県教委では、この市内一地区化の件は激論になり、一地区化に反対する渡邊美樹委員が辞任するなどの混乱を引き起こしながらも、承認の決定がされました。この市内一地区化は、現在検定中の「つくる会」系教科書を8地区どころか全市18地区で使用させるための採択を目指しているものと考えられます。

2 採択後の動き
自由社版教科書が採択されたことに対し、横浜市教職員組合(浜教祖)では、自由社版教科書の採択の経過と内容を批判しながら独自に同書の使用を前提とした授業案集『中学校歴史資料集』を作成、今年4月に組合員へ配布しました。これは、「教員の指導上の戸惑いを払拭し、子どもたちの学びを保障する観点から」のもので、教員組合として当然の対応です。

しかし、これに対して市議会で一市議から出た質問を受けた市教委・山田巧教育長は、「教科書の適切な使用等について」(4月28日付)の文書を出し、「横浜市教育委員会が採択した教科書を必ず使用しなければなりません」「教員の管理監督及び教育課程の管理運営を適切に行っていただくよう」といった内容を各中学校長に通達しています。また市教委は『資料集』を「極めて不適切」とし、「今後、このような文書を教員に配布しないこと」「学校ポストについては、今後、職員団体活動に使用しないこと」という「警告」文を浜教組に手渡しました。こうした動きをとらえた『産経新聞』は、5月以降、浜教組の『資料集』配布を「法律違反」行為と断定、紙面第一面で扱うなど激しいキャンペーンをはじめました。さらに、「つくる会」は浜教組への厳重処分を市教委に申し入れ、また5月25日の参議院文教科学委員会でも義家弘介議員(自民)が取り上げています。

この中で持ち出されているのは、教科書使用義務をうたう学校教育法34条に反するという論理ですが、肝心なのは、同じ学校教育法34条の2にある、教科書以外の教材使用の自由が無視されている点です。教科書だけを使って授業をすること自体、現場ではきわめて非現実的といわざるをえませんし、授業に際して多面的な観点や学問的な理解の助けになる教材は不可欠です。浜教組の行為を問題にする側や市教委の動きは、自由社版教科書の使用義務づけの徹底化に加え、教員の教育活動に大幅な制限を課すことで、上からの管理・監督を強めるものにほかなりません。大変大きな問題をはらんでいます。

3 横浜教科書研究会について
昨年秋に発足した私たちの「横浜教科書研究会」では、市民、教職経験者と大学の研究者とで自由社版教科書の内容の検討を進めています。その結果、特定の価値観や道徳を教え込もうとするために生まれる歴史の歪曲や誤り、アジアや世界に背を向けた内向きの「日本人」中心史観、天皇の力の実態以上の評価など、戦前の国定教科書とも酷似している内容が具体的に明らかになってきました。

この検討の成果をもとに、自由社版教科書を使用しなければならない学校現場の先生方
に役立ててほしいと考え、「自由社版『新編 新しい歴史教科書』でどう教えるか?」Vol.1、Vol.2を作成し、横浜市立全中学校に送付しました。Vol.1は序論にあたるもので、実践編のVol.2では原始・古代・中世・近世を対象に、各時代の全体的な問題点の指摘のほか、32のテーマと8つのコラムを設定し、①学びたいこと、②ここが問題(教科書の問題点)、③アドバイスを具体的に提示しました。この教科書で授業せざるをえない状況に追い込まれた現場の教員の方たちにとって、実践的な力となることをめざして編集したものです。今後、Vol.3近現代編の発行も予定しており、教科書検討の際には、ぜひ参考にしていただきたいと思います。
 
この問題は横浜市だけの問題ではありません。目下進行中の中学校教科書検定や来年度の教科書採択ではこうした動きがさらに強まり、全国的にも広がりをみせる恐れもあります。それを食い止めることは言うまでもありませんが、進行しつつある教育現場の管理強化に抗するとともに、これを機にあらためて「歴史」を学びなおしていくような動きをつくっていくことも大切と考えます。みなさま方からのご協力、心より願っております。

※冊子普及や資金カンパにご協力ください。
「自由社版『新編 新しい歴史教科書』でどう教えるか?」Vol.1 協力金1部300円以上
「自由社版『新編 新しい歴史教科書』でどう教えるか?」Vol.2 協力金1部800円以上

  横浜教科書研究会
  〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台79-2
横浜国立大学教育人間科学部歴史学研究室
電話 045-339-3434  FAX 045-339-3437
メールアドレス yokohamakyokasho@yahoo.co.jp

                             (加藤千香子)

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