2009年5月9日土曜日

河村たかしの思想ー朴鐘碩

河村たかしの思想 NEW / 朴鐘碩 引用
『おい河村!おみゃあ、いつになったら総理になるんだ』河村たかし
(KKロングセラ-ズ2006年)を読んで

「古紙屋の(3人の)長男として生まれ」、「小さいころから紙クズのなかで育った」、「団塊の世代」である著者は、1948年、名古屋市内で生まれた。私は、名古屋から電車で1時間程離れた西尾市で、1951年9人兄姉の末っ子として貧困家庭で生まれた。当時、愛知県の進学校のトップと知られた旭丘高校から一橋大学を卒業した著者は、「ワシは子供ときから威張っているヤツが嫌いだった。権力者、偉そうにしている人間を見ているとどういうわけかムカっ腹が立つのだ。」著者は「権力が大嫌い」だったようだ。「大学に入ったワシは当然というか学生運動に走った。」「そこでワシはストライキ実行委員会の副委員長などという役員までしていた」が、「自分でもいったい何に対して反抗していたのかよくわからない」と記している。

著者は、「諸悪の根源が国会議員にある」「【国会議員が全員死んでも日本は痛くもかゆくもない?】つまり、国会議員が死んでも、みなさんの生活は「何も変わらない」ということだ。」「いや、むしろ今のような国会議員だったら、ごくわずかを除いて、いない方が日本のためかもしれないのだ」と主張する。(国会議員は)「職業だから、弱い者の味方をせず、強い者たちのために我田引水し、ムダな公共事業で私腹をこやす。職業バカ高い年金を手放すこともできず、あげくの果てに税金でこっそりこさえた億ションで優雅に暮らそうとする。

職業だからこそ、国(日本経済)にカネがあり余っているというのにさらなる贅沢をしたいがために「日本は財政危機なので辛抱してください」とウソまでついて増税する。」
「議員年金などの特権をすべてとりはらい、ボランティア化(民営化)するのだ。つまり、パブリックサ-バント(公僕)である。」と、庶民、大衆が日常感じていること記しているようである。そして、「ワシの信条のひとつとして、政治は大衆運動だ、というものがある。大衆の心をつかむことができない者が世の中を変えることはできない。そういう意味では、かのイエス・キリストなんてその最たるもので、ワシは偉大な大衆運動家だと思っている」と自画自賛している。また、「この国では、年収2~300万円以下の人がメチャクチャよく働いている。そのおかげで大企業は儲かり、巨万の富を銀行に預けている」と、労働者の立場を理解しているかのようである。

「偉大な大衆運動家」と自負する著者は、最後の「「日本は犯罪国家」というレッテルへの反撃~靖国問題&南京事件~」について、靖国参拝を擁護し、南京事件を否定する論調を展開している。日本の侵略戦争の被害者であるアジアの人々よりも日本国民への謝罪をしきりに強調し、著者の排外性、被害者としての歴史観、国民国家論を露にしている。これが日本最大の労働組合・連合が後押しする民主党に属していた、後に名古屋市民に支持され、市長となった著者の本音であろう。名古屋(地域)訛をタイトルに(意図的に)使ったのも、市長選を前提にしたものだったかも知れない。

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」「この原爆碑文は、アメリカが都市無差別爆撃、一般市民の大虐殺という戦争犯罪を、いつの間にか日本人の犯罪にすりかえた動かぬ証拠ではないか。原爆を落とされ何十万という民間人を虐殺されたうえに、「悪かった」と言わされる。日本人というものはここまで辱められたということなのだ。」「強い者がル-ルを作り、リ-ダになっていくのもまた悲しい現実なのだ」
「そもそも戦争がなんで起こるかというと、パワ-バランスが崩れるから。人間というやつは非常に残念だが「弱者」に攻め込むもの」
【靖国参拝には賛成。ただし、日本国内への謝罪と補償を約束しろ!】
「参拝について質問され、民主党で賛成だといったのはワシだけである。」「ただ、参拝するにしてもひとつ条件がある。それは謝罪だ。といっても中国ではなく、日本国民にだ。ワシの地元である名古屋は空襲を受け、祖母も殺された」
「日本の歴史というのは、朝鮮半島という足にいつ蹴られるかビクビクしながら、どうやって生きていこうかという努力の歴史でもある」
「大虐殺は本当か?南京市民に命を助けられたワシのオヤジ」

「現場の弱い人間の人助けに3年半にわたり全力であたって」いたと、自負する著者は、矛盾した論理を展開し、「日本国民」大衆の心理を巧みに利用し、欲求不満を再びアジア(外部)に仕向けているというのが、私の正直な読後感である。これは戦前・戦中の(領土拡張を意図した)植民地思想に酷似している。戦争責任を含め侵略戦争の犠牲となっている外国人・ジョブレス労働者の問題には一切触れていない。自らの地位を維持するためには、票獲得に繋がらない弱者の課題には全く無関心である。河村たかし名古屋市長も、危険な戦後の植民地なき「新植民地思想」の持ち主と言える。

朴鐘碩

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