2016年4月19日火曜日

コスタリカから学ぶ(その2)-環境、原発ー伊藤千尋

先のコスタリカ連載の6と7でテーマは環境・原発です。

6.環境先進国、コスタリカ

コスタリカは環境保護でも世界の先進国です。

 「エコツアー発祥の地」と言われ、海外から毎年200万人を超すエコツーリズムの客がやって来ます。北海道とほぼ同じくらいの狭い国土に、地球上の全生物種の6%に当たる50万種以上の生物がすむのです。中でも蝶類は10%で、アフリカ大陸にすむ蝶の種類を合わせた数よりも多いというから驚きです。映画「ジュラシックパーク」のモデルはコスタリカですよ。
 環境への取り組みは早く、1969年に森林伐採認可の規制と森林局の創設を定めた最初の森林関連法を制定しました。94年には環境エネルギー省が創設されました(日本の環境省は2001年です)。この年には憲法を改正して環境権を取り入れました。憲法第50条の「福祉、生産と富の最適な配分の権利」に加えて「すべて国民は健康で生態的に均衡のとれた環境に対する権利を持つ」と明記したのです。

 エコツーリズムを私が体験したのは2003年でした。雲と霧に包まれた森に入って1時間。ようやくエコロッジに着きました。滝のようなスコールの中を両手に荷物を持って走り出すと、ロッジに立っていた白髪のおじいさんが雨の中を走って来て、私の荷物を一つ持っていっしょに走ってくれました。チェックインした部屋は100メートル離れた山小屋です。傍らにいた白髪のおばあさんが私に傘をさしかけ付き添ってくれました。
  翌朝、雨が上がったので散歩しました。ロッジの前を若者が竹箒で掃除していました。彼と話してわかったのは、前夜、雨の中で私の荷物を持ってくれたおじいさんが元大統領で、傘をさしかけてくれたのが元大統領夫人ということです。唖然としてロッジを見ると、白髪のおじいさん、いえ元大統領が早朝からフロントに立っていました。

 ロドリゴ・カラソ氏。コスタリカの第38代大統領で、国連に提案して国連平和大学を建設した人です。今はこのエコロッジの経営者だというのです。
  「なぜ元大統領がホテルを経営しているのですか」と素朴な質問をしました。そのとき彼が語った言葉は、政治家に対する私の価値観を一変しました。
  「大統領の任期を終えたあと、国会議員など政治家を続けることもできたけれど、老人が居座れば若手が育ちません。政治家を辞め、これからは一市民として社会の発展のために尽くそうと思いました」
  「当時のコスタリカはすでに平和国家への道も、教育国家への道もできていました。足りないのは環境国家への道だと思いました。地球環境を考えるのも大切ですが、一番大事なのは一人一人の人間が自分と環境とのかかわりを認識することです。そのためにエコツアーを始めようと考え、それまでに貯めた財産でエコロッジを建てました」

 大統領まで務めた大物がスパッと政治家を辞め、個人の資産を投げ打って社会のために尽くしたのです。権力とカネにしがみつく日本の政治家に聞かせてやりたいではありませんか。ま、聞かせても無駄だろうけど。
  目の前には深い森があります。それを見て私は1990年ころの東南アジアの熱帯雨林の伐採問題を思い出しました。当時、フィリピンやボルネオの密林に入って先住民たちから取材したことがあるからです。「コスタリカでは熱帯林を伐採しなかったのですか」と問いました。
  カラソ氏は「いや、わが国でももちろん、樹をきりました」と言います。伐採して売れば、手っ取り早い現金収入になるからです。その結果、1940年代には国土の75%以上が手つかずの森林だったのが、80年代には30%にまで減りました。「これではいけないと国会で論議し、その年から木を切るのをやめて、逆に植林に乗り出しました。それまでわが国はよその国に木材を輸出していましたが、その年からは空気を輸出するようになりました」とカラソ氏は笑いました。

 植林した樹が酸素を放出し、風に乗って他国に流れます。この国は平和を輸出していると先に書きましたが、空気も輸出しているのです。平和も空気もコスタリカにとってカネにはなりません。でも、他国の人を喜ばせます。人間でも国家でも、自分がもうかることよりも他人のために尽くしていれば尊敬されるでしょう。
  コスタリカでは30年後を見据えて政治をしている、と彼はいいました。日本の政治家はせいぜい30日でしょうか。

 翌日、ホテルの若者の案内で森を歩きました。道沿いで見かけたカエルの子育てや昆虫の生態、草木について詳しく説明してくれます。草も木も虫も人間も、等しく地球上の生命体だという気持ちになりました。ツアーの最後には植樹しました。20センチほどの苗木には私の名を書いた札が付けられました。次に来たときは、大きく育っているだろうな。死んだら、ここに葬ってほしいなあ、とも思いました。
  カラソ氏は2009年に亡くなりました。植林の結果、今やコスタリカの森林面積は50%以上に回復しました。

7.今も未来も原発ゼロのコスタリカ

 コスタリカに「世界一美しい」と呼ばれる鳥がいます。
  手塚治虫の「火の鳥」のモデルとも言われるケツァールです。早朝、首都から車で2時間かけて山の中に行きました。体長1メートルもあるエメラルド色の鳥が、長い尾を揺らしながら樹の枝で青空を見上げています。クリっとした目が実に可愛い。
  ここに来る途中、山の上に風車がたくさん並んでいました。
 コスタリカのエネルギーの93%は自然エネルギーです。うち水力発電が76%を、地熱発電が12%を占め、風力発電は4%です。2021年までに自然エネルギー100%にすることを宣言しています。原発は1基もありません。

 僕がコスタリカを初めて訪れた1984年、エネルギー政策をききました。このときすでに地熱発電を活発にやっていました。「よくそんな技術がありますね」と言うと、役人は「いえいえ、よその国から技術を導入しています」というのです。「どこの国ですか?」と聞いたら、「日本です」という答えでした。
  30年前からコスタリカは日本の地熱発電の技術を導入して自然エネルギーを進めていたのです。自然エネルギーで僕は福島原発事故の年に『地球を活かす 市民が創る自然エネルギー』(シネ・フロント社)と言う本を出版しましたが、日本の地熱発電の技術は断トツの世界一です。日本でいま地熱発電を開発したら、原発20基分の電力がまかなえるのですよ。なのに、政府は原発しかないと国民をだましているのです。実は、日本は自然エネルギーの世界的な資源大国なのです(それ、聴きたいですか?)。

 原発事故が起きた2011年の12月に、当時のコスタリカの女性大統領が日本に来ました。地熱発電でさらなる協力を求めるためです。日本記者クラブで開かれた彼女の記者会見のさい、僕は質問しました。「将来の発展に備えて原発を作ろうという考えがコスタリカにありますか」
  大統領はきっぱりと言いました。「コスタリカの過去に原発の計画はなかったし、未来もありません。私たちは自然エネルギーに投資しているので原発など不要です」

 いいじゃないですか。このとき、会場に新聞やテレビ各社の記者が30人くらい来ていました。朝日新聞の若手の記者もいました。僕はすでに現場を離れていたので彼が記事を書くのです。1面か、あるいは社会面に大きく載るだろうと思って楽しみでした。
  翌朝の新聞を見て驚きました。1面にも社会面にもありません。経済面に「経済協力を求めてコスタリカ大統領が来日」と小さく出ているだけです。ほんの20行で、原発のことはうしろに5行だけです。おいおい、これってなんだ。今、大切なのは経済協力の話じゃなくて、コスタリカの元首が国策として「原発NO」を明確に示したことじゃないか。なぜ、それを大きく伝えないのか。
  他紙を見ました。毎日新聞もやはり経済協力だけを書いていますが、こちらは原発にまったく触れていません。読売にいたっては記事そのものがありません。唖然としました。

 彼らはすべて経済部の記者だったのですね。頭は経済というか、カネしかない。世間は原発をめぐってどうするかで論争しているときに、彼らはまるで関心がない。ひどいと思いませんか?
  経済部といえば、原発事故のさい、東京電力の記者会見の模様が中継されたことがありました。それを見て僕は唖然としました。経済部の記者たちは東電の幹部のいう事をそのまま聞くだけで何の質問もしないのです。市民の立場から、東電に対して問いかけをすべきときに、ひたすら彼らの言い分だけをメモして記事に書いたのです。
  こういう記者を「提灯持ち」と言い、大企業の宣伝をうのみにして書く新聞を「御用新聞」と言います。まさに彼らがそうでした。

 同じことを政治部の記者がやっています。政治家、それも政権党を担当する記者のほとんどが政治家のいうことをそのまま流しています。それで自分があたかも日本の政治を動かしているような気になっている。バカたれ。
  もちろん経済部、政治部にもいい記者はいますよ。ほんの少数だけど。
  新聞やテレビで偉そうに解説している政治部、経済部の記者を見ると、ああ、こいつらが財界や政界の犬となって、国民を奈落の底に導いているのだと怒りを覚えるのです。こいつらはマスコミ会社の社員ではあっても、ジャーナリストではありません。


 あ、コスタリカの話をしているのでした。日本にいると腹が立つことが多いですが、コスタリカにいると腹が座ります。人生はこうやって生きて行けばいいのだと自信を持てます。次回もう1回、コスタリカについて書かせてください。では、プーラ・ビーダ(純粋な人生=コスタリカのあいさつ言葉)!

1 件のコメント:

  1. トルコから久美子の手紙2016年4月20日 5:31

    プーラ・ビーダ(純粋な人生=コスタリカのあいさつ言葉)私も、生きるなら、純粋な人生を生きたいですね・・。『プーラ・ビーダ)伊藤さんのコスタリカから学ぶ(その2)-環境、原発を読ませて戴き、とても参考になります。読んでいてなぜか楽しくなります。30年前からコスタリカは、日本の地熱発電の技術を導入して自然エネルギーを進めていたと・・。驚きから、感動です。 コスタリカの大統領が来日し、大統領はきっぱりと、「コスタリカの過去に原発の計画はなかったし、未来もありません。私たちは自然エネルギーに投資しているので原発など不要です」と。ところが、日本のマスコミは、コスタリカの大統領の報道もせずにいたとは・・。これが日本のマスコミの姿ですね。その中で、伊藤さんは、純粋な人生を、生きてこられたのですね・・。そして、素晴らしい人たちとの出会いがあったのですね。福島原発事故の年に伊藤さんが出版された『地球を活かす 市民が創る自然エネルギー』(シネ・フロント社)という本。日本の地熱発電の技術は断トツの世界一とのこと・・。アイスランドも地熱発電で日本の技術を使っているとのことですね・・。日本でいま地熱発電を開発したら、原発20基分の電力がまかなえるとのこと。政府は原発しかないと国民をだましている。日本は自然エネルギーの世界的な資源大国、是非とも原発反対の人々の力を結集して、例えば、富士山のふもとで、地熱発電で、世界一の温泉施設を作ることができたならと、伊藤さんのお話しを伺いながら、私はひそかに夢を膨らませました。

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