2013年4月29日月曜日

偏見に満ちた群衆の横暴さを批判し、朝鮮人を守った日本人を“記憶”するー鄭玹汀

関東大震災のときに救われた朝鮮人詩人のエッセーの紹介
Facebookで知り合った鄭玹汀さんが引用された、著名な朝鮮人詩人・随筆家の金素雲が関東大震災のときに独りの日本人に助けられた経験を記したエッセーを鄭玹汀さんの承諾を得てご紹介します。

勿論、私自身は金素雲さんにはお目にかかったことはないのですが、彼の御令嬢は日本人牧師の澤正彦さんと結婚され、ご自身も牧師になられ、メキシコに牧会に行かれたこともある方で、同じ川崎に住まれたことがあり私もよく存じあげています。金素雲の孫は、歌手の澤知恵さんです。やはりおじいちゃんの影響は大きいようですね。

在特会のデモやネット上での聞くに堪えない差別言辞を発しそれでも社会的制裁を受けず、また安倍政権の下でさらに在日への抑圧が強化され、北朝鮮・韓国・中国との関係が悪化し連日マスコミを通して日本のナショナリズムが鼓舞されている今、関東大震災のとき、金素雲を囲む群れから彼を救いだした一人の日本人キリスト者の毅然とした態度はもっと多くの人に知ってもらいたいとここに掲載しました。

鄭玹汀さんの紹介と日本のキリスト教会について
鄭玹汀さんは、東京大学の修士・博士過程を終え東大の研究員として、『天皇制国家と女性ー日本キリスト教史における木下尚江』(教文館、2013年)を出版されました。日本のキリスト教は明治初期のころから国家主義的な傾向をおびていたこと、そして女性差別の問題と関係しているということを、木下尚江の思想、実践を通して明らかにしています。福沢諭吉や内村鑑三の知らなかった一面が書かれており、私は日本の教会関係者だけでなく、広く明治がどのような社会であったのかを改めて検証するために、歴史に関心がある人だけでなく、市民運動に関わる人、特にフェミニズム運動に関わる人たちにも一読を薦めたいと思います。

日本キリスト教団の戦争責任告白は再検討されるべき
私見では、この本を読み私は、日本キリスト教団の戦争責任告白は改めて検証されなければならないと思いました。教会として第二次世界大戦に協力してきたことで戦争責任を告白するだけではなく、もっと明治の初期からそもそもどうして日本の教会は国家主義的な傾向をおびていたのかを検証すべきだと思います。

戦後体制を根底から覆そうとする現在の安倍政権下にあって、国民国家と教会(キリスト教信仰)との関係を根底からとらえ直さない限り、教会そしてキリスト者は戦後の日本経済の復興と発展の下で作られてきた原発体制をなくすべく行動する主体になりえないでしょう。戦争責任を問うこと自体、日本人キリスト者のコンセンサスになっていません。ますますそれは困難になるでしょう。

もちろん、その検証はマイナスの面だけでなく、例えば、色川大吉が『近代国家の出発』
(中央文庫 2006年)で触れているように、キリスト教信仰に触れ人間としての尊厳を自覚し立ち上がった人が多くいることも事実として知る必要があります。

しかしそのプラスの面だけを強調してキリスト教の本質はそのような虐げられた人の解放にあるとキリスト教を弁護、正当化する立場には私は立ちません。この点が著者の鄭玹汀さんと私は考え方が違うかもしれません。宗教に依拠しなくとも、一人の人間として、我ここに立つということで人間としてのあり方を求めたいと思うのです。私自身はその根底にイエスの存在があることは正直に告白しますが・・・

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偏見に満ちた群衆の横暴さを批判し、朝鮮人を守った日本人を“記憶”する―金素雲
―関東大震災時の朝鮮人虐殺と日本文学(3)―    鄭玹汀

関東大震災の時、罪のない人が殺されるのを黙視することができず、朝鮮人を守った日本人がいた。それは今、私たちが想像できないほど、勇気ある行動であった。実際、自警団と正面から衝突して朝鮮人を守ろうとして半殺しになった日本人も少なくなかったのだ。
朝鮮出身の詩人・随筆家、金素雲(キム ソウン、Kim So-un 1907‐1981)の手記も、“記憶”にとどめたい。

さらには、1900年前後、日本の社会主義者、キリスト者のなかでしばしば用いられた「人類同胞」の思想、つまり国境を越えて全人類が同胞になるというヒューマニズム思想とその系譜について、もう一度考えたい。


真新しい名刺
                             金素雲

震災で東京の下宿を焼出された私は、知人をたよって半年ばかりを大阪で過した。
どこから手に入れたのか単衣の朝鮮服があったのを着用に及んで、ある朝、玉造からアベノ橋行の市電に乗った。ほかに着るものがなかったわけではない。震災のドサクサに、根も葉もない流言が原因して、六千人の朝鮮人が竹槍の犠牲になったその直後である。わざと朝鮮服を着て日本人の中を歩き廻るような、客気と反撥意識が私にあったとしても、それは見遁してもらえると思う。

電車が混んでいたので私は中へ入れずに後の車掌台のところに立っていた。すると、車掌が「さあさ、中へ入って……」といいながら、穢いものでもつまむように二本の指先で私の袖を引っぱった。……私は血の逆流するほどの憤りを感じた。
「なんだ、その手つきは……口では云えんのか!」
険しい目つきをして私はその車掌を睨み返した。
「なんやと……キサマ、生意気なやッちゃ!」
朝鮮人野郎のクセに――という言外の侮蔑をこめて、車掌も負けずに食ってかかった。
「キサマ?キサマたあなんだ。大阪の電気局はお客さんにそういう口を利けと教えたのか、おい!もう一ぺんいってみろ!」
乗客たちの視線が一斉にこちらを向いている。私の思いがけない剣幕や、朝鮮服とは釣合わぬリュウチョウな日本語に、敵さんはいささか上り気味で、
「なんべんでもいうたる……、貴(とうと)い様と書くんや、キサマがなんがわるい……」
と来た。
……
手出しこそしないが、私も二十前の生意気ざかり、―日本人の、いわれない優越感に、虫ずの走る思いで大いにレジスタンスを燃やしていた矢先だから一言半句あとへは退かない。悪タレのつき合いをやりながら、いつか電車は終点のアベノ橋へ着いた。
「どした、どした、――話だけはつけろ。」
終点に屯(たむろ)していた運転手や車掌に取りまかれたまま、半ば曳き立てられる恰好で私は乗務員たちの詰所へ連れ込まれた。ほぼ二三十人、――殺気立った連中が「やっちまえ、やっちまえ、生意気な野郎だ!」と喚きながら、ぐるりと私の廻りを取り囲んだ。

電車の中ではイキのいい啖呵を切った私も、こうなると多勢に無勢、あわれな捕虜である。いずれはただではすまないと観念のホゾをきめたその時、雷のような大声が私のすぐ後でとどろいた。

「待て!馬鹿者ども……」
振り返ると四十年輩の、背の低い中年の紳士が、満面〈朱を注いだ〉形容詞そのままの表情で車掌たちを睨み据えている。
「この恥知らずども!その人をどうしようというのだ。指一本触ってみろ、このわしが相手になってやる!」
地獄で仏とはこのこと、それよりも私が感動に胸を衝かれたのは、その人の、怒りに燃えた眼から、ボロッと涙が一粒、滴になって落ちたのを見た瞬間である。歯切れのよい言葉の調子や顔つきは、まぎれもない日本人で、多分私と同じ電車に乗合わせていた一人に違いない。

その人は幾分声を和げながら、呆っ気にとられて突っ立っている制服の連中を見廻した。

「――事の起りをわしはこの目で見ている。ゴミや虫ケラじゃあるまいし、金を払って乗ってる客を二本の指でつまんだら、誰だって腹を立てるのは当り前じゃないか。悪かったら悪かったとなぜ素直に謝れんのだ。きみたちは一体、どれほど立派な人間のつもりだ。海山越えて遠い他国へ来た人たちを、いたわり助けは出来ないまでも、多勢をたのんで力づくで片をつけようという、それじゃまるで追剥ぎか山賊じゃないか。そんな量見で、そんな根性で、きみたちは日本人でございと威張っているのか……。」

殺気にみなぎっていた詰所が、しーんとして声一つ立てる者もない。いままで歯ぎしりをしていた。
私も、有難いのを通り越して、何か相済まない気持、謝りたい気持で一杯である。
その人は大通りの電車道まで私を連れて出ると、手をとりながらしみじみと云った。

「―どうか許してやってくれたまえ、きょうのことは私が代ってお詫びをする。これから先、またどんな厭な思いをするかも知れないが、それが日本人の全部じゃないんだからね。腹の立つときはこの私を想い出してくれたまえ……。」
子供をなだめるようにそういいながら、その人は私の手に一枚の名刺を握らせて立ち去った。

          日曜世界社長  西阪保治

それから三十年――、《聖書大辞典》の発行者である西阪氏のお名前は、今年になってからも何かの新聞の寄稿でお見かけした。もう白髪の老人になられたに違いない。しかし、その時の一枚の名刺は少しも汚れずに、いまも私の記憶の中に、真新しいままで保存されている。

金素雲 『恩讐三十年』(ダヴィッド社、1954年)

*西阪 保治(にしざか やすはる、1883 - 1970)は日本の牧師、伝道者、聖書学者。


3 件のコメント:

  1. 大阪歴史博物館「特集展示 関東大震災90年記念 近現代大阪の地震」(2013年8月7日~9月23日)において、「真新しい名刺」の展示を見、検索しました。

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  2. トルコから久美子の手紙2015年6月28日 8:54

    このエピソードをご紹介してくださりありがとうございます。私も一人の人間として、こうありたいと常ずね思っております。しかし、人間いざという時、そのような行動ができる人はわずかです。昔の江戸っ子や、下町には、このような気風の人々が男女に限らず、日本には、いくらかいたような気がします。…大学を出ていなくても、人間として、いざという時、ものがはっきり言えるかどうか、自分の意志を言えることは人間として大切なことです。幼い子供でも、自分の意志をはっきり言える子供もいます。逆に、・・…大学を出て…会社の重要な立場の人であっても、自分の意見を持たない、浮草のような人間が多いのも現在の日本人です。大変恥ずかしいことです。今回の原発メーカー訴訟裁判に関しても、本物と偽物がいるのも確かです。法律家として、さも知ったかぶりをし、偉そうにしながら、人間としての最低のことをわきまえていない人間がいるのも確かです。どうかそのような連中に振り回されることなく、崔さん、事務局長の朴さんはじめ執行部の皆様頑張ってください。

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  3. 私もクリスチャンです。人間はこのような勇気を持たねばならない。肝に銘じました。

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