2007年12月14日金曜日

『北朝鮮へのエクソダス』を読んで

今日は、
皆さんお変わりございませんか。

昨日はオンブズマンの会報発行・発送、今日は眼科受診となんとなくあわただしい日々でしたが、そのような中で、テッサ・モーリスース「北朝鮮へのエクソダス」を読みきりました。

1959年はわたしが結婚した年で、翌年は60年安保で日本が大揺れを起した年です。

一般的日本人の多くが在日の存在に全く関心を持っていない時代でした。またわたし自身の同様でした。

この本を読み終えて、手元にある「朝日新聞90年」をひらいて、集団帰国の記事をさがしましたが、殆ど見つかりません、ただ60年(昭和35年)3月28日の夕刊第一面の「大村の第一陣乗船、送還の韓国人三百四十四人・日韓相互送還により」という記事が」ありました。これは北朝鮮への送還ではないでしょう。

テッサ・モーリスースズキという人があの「無境界家族」を書いた森巣博の妻であることを思うと、この家族の国籍を超えた結びつきに一入の感慨を催します。

それに日本人が彼女の研究を踏襲し、より広範囲な対象との関連で、この事業の持つ意味と状況を深く掘り下げる研究がなされないだろうかという、期待を抱かされました。

人権ということを考えるとき、自分を含め、日本人には人権意識が無いと痛感します。

「当然の法理」の必要性はこのような日本の状況下で、政治的に導きだされた、政権の考え方だと痛感します。外務省・日赤の主要幹部が抱く、政治倫理(ナショナリスチック)な考え方が赤裸々に描きだされています。

皆様へ
             07・12・14     望月

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