12月19日、福岡において澤野義一教授を招いての学習会が大阪についで持たれました。
風邪やその他の会議が重なり参加者は多くはなかったのですが、内容の濃い学習会でした。
澤野さんはレジュメを私に送ってくださった時に福岡の学習会について感想を書かれています。
「福岡学習会では、初めてお会いした方々からの質問をうけたり、意見交換しながら、さらに考えていく点もあると思いました。」澤野さんのレジュメは、メーカー訴訟において裁判所に提出する証拠論文になり、証言内容につながります。ですから、学習会における参加者との対話を通して、さらにその論旨を深めていこうとされているのです。私たちも学習会を重ねる中で多くの新しいことを考えつきます。なにせ、原発メーカーの責任を問い、世界中の4000名の原告の精神的損害損害賠償を請求する、世界初の裁判ですから、その主張は簡単ではないのです。私たちは澤野さんとの議論を通して、さらに私たち自身の裁判における主張を明確にしていきます。
このレジュメには書かれていませんが、今回の学習会で、原賠法の憲法違反の視点が議論になりました。それは訴状の、原発運営会社の「責任集中制」の問題追求ではなく、原発を最初に国内で作ろうとしていたときと違い、世界中で3回もの過酷事故を経験したわけですから、今は世界の市民は原発そのものの製造が反社会的であるという意識になってきており、そういう意味で、原子力基本法をはじめ、原発の製造及び輸出そのものが憲法違反であるという視点から、原賠法の違憲性を取り上げるべきではないのかという議論になりました。私たちはメーカー責任を追及するにあたり、ありとあらゆる可能性を検討します。原賠法も訴状とは違った角度から違憲性を追求できる可能性があり、最終準備書面作成まで本人訴訟団としては考察を深めます。
於: 福岡 2015/12/19
澤野義一
原発メーカーの原発製造等と輸出の「公序良俗」違反性
1 論旨
原発の製造・販売・稼働・補修等を目的とする原発メーカー(東芝等)と原発事業者(東電等)の原発ビジネスが、反社会的な「公序良俗」に違反する法律行為(契約)で無効だとすれば(民法90条)、その無効は法的利害(権利侵害)があれば誰でも主張できる。かつ当該違法な法律行為よって生じた原発被害のうち、不安や恐怖による精神的損害については人権侵害であり(憲法前文の平和的生存権、13条の幸福追求権)、原子力損害賠償法の原発メーカーの免責規定の適用外として損害賠償請求ができる(製造物責任法、民法709条および710条等)。また原発メーカーが国内的に違法な原発ビジネスを、政府による違憲の原子力協定締結に基づき海外に展開することも、内外の人々に不安と恐怖を与え、国際信義においても憲法的にも許されない(「公序良俗」違反)。
2 「公序良俗」に違反する法律行為(契約)は無効の意味
・私人間の契約には民法が基本的に適用され契約自由の原則が妥当するが、私人間の契約でも無効(公序良俗違反)とされる事例もある―犯罪行為、性道徳に反する行為、個人の自由を極度に制限する行為、経済的公序違反行為、憲法上の権利・原理(価値・秩序)を侵害する行為など。
・憲法が私人間契約に適用される場合には、直接的適用ではなく、民法90条を介して間
接的に適用される(通説)。
・私人間契約への憲法9条の適用の是非に関する判例―百里基地事件最高裁判決(1989年)
地主が自衛隊に土地を売る契約は憲法9条に反し公序良俗に反するか。「私法上の契約には特段の事情がない限り憲法9条は直接適用されないが、公序良俗の一部をなす(間接適用)。公序良俗違反の判断基準は、許容されない反社会的行為であるとの認識が一般的に確立していること。契約当時このような認識は確立しておらず公序良俗に違反しない」と判示。問題は原発ビジネス契約の場合はどうか
⇒百里事件のような自衛隊が問題となった事例と異なり、原発稼働は反社会的との世論が多数なので違憲判断の重要な要素となりうる。
・無効な法律行為の主張―基本的には誰からでも主張できると解されているが(民法の通説)、通常は契約当事者(権利侵害を受けた者)から主張。
問題は契約当事者以外も主張が可能か(原告適格性)⇒恐怖のような平和的生存に関わる場合は内外の人々が原告となりうる。原発メーカー訴訟の課題。
3 原発ビジネス契約の場合の「公序良俗」違反性―新たな問題提起
・当該契約内容を原告が知るのは困難なため、裁判所を通じ被告メーカーに提出を要求する必要⇒東芝に対する「質問書」について本人訴訟団が提出。ただし契約内容は常識的に推測できるので詳細な内容は提示する必要はない(原告「訴状」にもある程度記載150頁)。
・「公序良俗」違反の理由―原発(稼働)は①犯罪行為と②憲法的原理や人権侵害行為に該当。①は原発事故の東電幹部の業務上過失致死傷罪等(検察審査会の見解)、原発の国際犯罪性(田中利幸説等)。②は多様な人権侵害と憲法9条侵害による違憲性(憲法総体の侵害)。
・原発の存在と稼働による多様な人権侵害―生命、生存、身体、精神、居住・移動、職業・労働、財産、教育等に関する個別的人権のほか、平等権(地域間)、恐怖と欠乏からの自由(平和的生存権)など。これらの人権侵害は民法では権利侵害の被害・損害として財産的・精神的賠償請求が可。総称として「包括的利益としての平穏生活権」(吉村良一等)、「生命権的人格権」(大飯原発福井地裁判決)、「原子力の恐怖から免れて生きる権利(ノー・ニュークス権)」(原告訴状)等の侵害。
・原発の憲法9条違反性―①原発の核抑止力・核潜在力は9条が禁ずる「武力による威嚇」手段や「戦力」に該当。また戦争を引き起こす原因となる「構造的暴力」にもなり平和的生存権侵害⇒(参考)コスタリカ最高裁は原発容認政令が非武装永世中立憲法に反し違憲無効と判示(2008年)。憲法で原発を禁ずる例としてオーストリア。
②原発政策は違憲の日米同盟の一環。日米原子力協定を前提に2012年の原子力基本法改定で、平和目的に「安全保障」を追加し軍事面(核武装化)が表面化(政府見解では必要最小限の核兵器保有は合憲。非核三原則は単なる政策)。その関連での原発輸出ビジネスの推進は福島原発事故後の日米原発政策⇒2014年第3次アーミテージ報告。
※1955年原子力基本法は制定当時違憲視されていなかったとしても(例外的に違憲説も)、原賠法等の原発関連法も含め、現在では正当な立法事実が失われ違憲無効で原発稼働は不可(立法事実変遷論は最高裁も認める論理)。
・以上のような原発の存在と稼働による多様な人権侵害と核武装化(戦争巻き込まれ被害)に関する不安と恐怖は、単なる漠然とした不安感ではない。危険を抽象的にでもはらむ原発(稼働)の場合に差止めが認められるとすれば(大飯原発福井地裁)、原発の差止めが認められずに原発事故が発生し存続している限り精神的損害は認められるべき⇒具体的事例として本人訴訟団・第1準備書面、原告訴状・第6章参照。
・原告適格者は、原発ビジネスが無効だとすれば、精神的損害を立証・主張する意志のある者すべて。海外にいる者も含まれる。その論拠は、原発の恐怖から免れて生きる平和的生存権の享受者は憲法前文によれば「全世界の国民」。
4 原発メーカーの原発輸出の「公序良俗」違反性
・原発輸出の動きーベトナム、ヨルダン、クウェート、トルコ、南アフリカ、モンゴルなど約20カ国。本年12/12日本・インド原子力協定締結交渉と反対運動。
・原発メーカーの原発輸出の問題―何のリスクも負わないで大きな利益を追求(※原賠法の問題)、途上国に対する現代的植民地主義、現地住民に原発被害を与える恐れ・不安、核の海外拡散による世界平和への脅威・不安。安倍政権は原発輸出ビジネスを経済成長戦略の一環として、輸出国政府との原子力協定を締結して援助。その背後に上記の日米原子力政策―アメリカの了解が前提(協定4条)。
・原賠法(原子力損害賠償法)の問題―2国間原子力協定(条約)締結の際の日本の原発メー
カーの免責。日本の原賠法と同様。ベトナムの例。
※原賠法(1961年)の問題―原発事故の責任を原発事業者に集中し、原発メーカーを免責。また原発メーカーへの製造物責任法の適用を除外。アメリカ等(原発メーカー)
の要請で導入した経緯。
・原発輸出の憲法問題―原発メーカーが国内的に「公序良俗」違反の原発ビジネスを海外輸出で展開することは、「平和を愛する諸国民の公正と信義の信頼」原則(憲法前文)に反し、現地で原発事故を起こす危険性と、不安感を与える。また、政府が原子力協定に基づいて、国内的に違法・違憲の法律行為(輸出契約)を大臣が許可(国際技術移転契約に関する外為法が原発を許可)することは、内閣の外交・行政権を逸脱し(憲法73条)、違憲の条約締結を禁ずる憲法98条にも違反。要するに、原発輸出が違憲だとすれば、原発輸出ビジネス・契約は「公序良俗」違反。
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