放射能焼却灰の海面埋立は汚染をもたらさないか
熊本一規
はじめに
神奈川県川崎市で焼却灰の海面埋立が問題になっている。
川崎市では、清掃工場からの焼却灰を浮島処分場(海面処分場)に埋め立ててきたが、福島原発事故の影響で焼却灰が放射性物質を含むようになったため、2011年7月から一時保管を続けてきた。しかし、焼却灰にゼオライト(鉱物性の吸着剤)を混ぜて放射性物質を吸着させ、浮島処分場に埋め立てる試験を2013年4月から開始し、その後、本格実施を図ろうとしている。
しかし、放射性物質を含む焼却灰の海面埋立に伴って海洋の放射能汚染がもたらされる危険はないのだろうか。
1.護岸は水を通す
コンクリートは水を通さないと思っている人が多いが、実は容易に水を通す。
海面埋立は、海面をコンクリート護岸で囲ったうえで、その中に土砂を投入していき、溢れる水を護岸の外に排出していくことをつうじて行なわれる。護岸内の水を「内水」と呼ぶが、内水を次第に土砂と入れ替えていくのである。ただし、内水は、埋立に伴って減少するものの、すべて土砂と入れ替わるわけではなく、陸地が形成された場合に、いわば地下水のような形で残存する。護岸を水が通る速度は、護岸自体の透水性や潮位と内水の水位差等に左右される。
廃棄物による海面埋立の場合、中の汚水が容易に外に漏れては困るから、通常の護岸でなく「遮水性護岸」あるいは「遮水壁」と呼ばれる遮水性の高い護岸を用いる。
しかし、遮水壁も水を通さないわけではない。「遮水性」と言っても水を通さないのではなく、水を通しにくいだけである。したがって、正確に言えば「遮水性」ではなく「難透水性」である。
「遮水性」に関しては「透水係数」という指標がある。「遮水壁」に要求される透水係数は、10―6cm/s(1秒間に百万分の一センチメートル)である。そう聞くとほとんど水を通さないように思われるが、一年間に換算すると約32cmである。そのうえ、いったん水を通し始めると急速に遮水性は低下していくことになる。
ダルシーの法則によれば、遮水壁を通る透水速度は、透水係数に(潮位と内水の水位差)/壁の厚さを乗じたものになる。仮に、水位差3m、壁の厚さ1mならば、透水速度は一年間に約1メートル、壁面積1㎡あたり年間約1m3(1トン)になる。
このように、遮水壁といえども水を通すから、廃棄物埋立に伴う海洋汚染を護岸だけで防ぐことは不可能である。
2.埋立地内の地下水位の管理も汚染を防げない
護岸が水を通すため、海洋汚染を防ぐには「埋立地内の地下水位の管理が大事」とされる。「埋立地内の地下水位管理」とは、地下水位を常に海面の潮位以下にすることにより、水が常に埋立地の外(海)から内へと流れるようにすることである。
要するに、「遮水性護岸で海洋汚染を防ぐ」のではなく、正確には「遮水性護岸と埋立地内の地下水位管理で海洋汚染を防ぐ」のである。
図1は、埋立に伴って陸地が形成され、内水が埋立地内の地下水となる様子を描いたものである。
図1 海面埋立と地下水管理
出所http://www.nies.go.jp/kanko/news/28/28-2/28-2-04.html
図2は、福島原発で実施されている「地下水ドレンによる地下水管理」を示したものである。地下水ドレン(地下水を汲み上げる装置)で地下水を汲み上げて地下水位を下げることにより、陸側から海へと汚水が漏れないようにするというのである。
図2 地下水ドレンによる地下水管理(福島原発)
出所http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/110831i.pdf
しかし、「埋立地の地下水位管理」は、埋立が完了して数年経てば行なわれなくなる。その後、もしも護岸が水を通さないならば、大雨が降り続いた時に埋立地の地下水位が海面潮位よりも高くなることは確実である。さらに降り続けば、埋立地がプールになってしまうはずである。
この問題に関し、循環型社会研究センターの遠藤和人氏は「現在、海面処分場特有の技術開発と管理制度づくりを行なっているところ」(国立環境研究所「国環研ニュース2009年度28巻2号, http://www.nies.go.jp/kanko/news/28/28-2/28-2-04.html )という。ならば、従来の廃棄物埋立では、この問題を解決し得るような技術も管理制度もなかったことになるが、東京の「夢の島」など過去の数多くの廃棄物海面埋立地の跡地がプール状になったという話は全く聞いたことがない。ということは、既存の廃棄物埋立地でも、通常の埋立地と同様、護岸が水を通していること、また地下水の水位が海面の水位と連動して上下していることを意味している。
図2は、福島原発において汚染地下水が海に流出するのを防ぐための工法であるが、2013年7月23日、東京電力は、汚染地下水が海に流出していることを初めて公表した。その後、汚染地下水が海に漏れていることは大きな問題となり、東電は、まず、地下水を汲み上げることで、これを防ごうとした。しかし、その後、8月13日、東電は「遮水壁が水を完全に遮断できないため、一日12〜35トンの汚水が海に漏れる」ことを認めるにいたった。地下水をいくら汲み上げても、遮水壁が水を通すから、海洋汚染を防げないのである。
3.ゼオライトはイオン交換作用を持つ
遮水性護岸も「埋立地内の地下水位の管理」も期待できないとなれば、海洋汚染を防ぐ手立てはゼオライトの吸着効果だけということになる。
ゼオライトは多孔質の鉱物(人工ゼオライトもある)で、いろいろな物質を微細孔質の中に吸着するため放射性物質セシウムの吸着にも利用されている。しかし、ゼオライトの吸着効果も万全ではない。
ゼオライトはイオン交換作用を持っている。「イオン」とは電子を出したり受け取ったりして電気的な性質を持った物質をもった原子のことであるが、「イオン交換作用」とは、イオンを持つ物質と触れると自分の持っているイオンを手放してしまい、代わりに相手の物質のイオンを取り込む作用のことである。
ゼオライトは主にケイ素とアルミニウムと酸素でできた物質であるが、ケイ素の一部とアルミニウムが置き換わって、電気的に負に帯電している。そこで、正に帯電しているNa(ナトリウム)イオンやK(カリウム)イオンを取り込んで安定させている。
Naイオンを含むゼオライトA(ケイ酸アルミニウムナトリウム)は、水の硬度を下げる「水軟化剤」として洗剤中に使用されている。水の硬度は、水中に含まれるCaイオンやMgイオンが多ければ多いほど高くなり、硬水になればなるほど汚れが落ちにくくなるが、ゼオライトA中のNaイオンが水中のCa(カルシウム)イオンやMg(マグネシウム)イオンと交換するので、水の硬度を下げ、汚れを落としやするのである。つまり、ゼオライトAが持つイオン交換作用を利用して、水を軟水化するのである。
では、何故、Naイオンが水中のCaイオンやMgイオンと交換するのか。
その理由は、Naイオンは+1の電荷数であるのに対し、CaイオンやMgイオンは+2の電荷数を持つからである。つまり、負に帯電しているゼオライトと結びつく力は、+1のNaイオンよりも+2のCaイオンやMgイオンのほうが強いのである。
同じことが、Cs(セシウム)イオンに関しても起こり得る。CsイオンもNaイオンと同じく+1の電荷数であるから、+2のCaイオンやMgイオンと交換する可能性がある。CaイオンやMgイオンは海水中に多量に含まれているから、Csイオンを吸着したゼオライトが海水に触れるとCsイオンがCaイオンやMgイオンと交換し、海水中に出てくることになる(ただし、同じ電荷数であれば原子番号が大きいほどゼオライトに吸着されやすいため、CsイオンがCaイオンやMgイオンと交換する程度は原子番号が小さいNaイオンに比べれば少ないと思われる)。
つまり、セシウムをゼオライトに吸着させても、それが海面埋立されて海水に触れれば、セシウムが溶出してくる恐れがあることになる。
4.海水中では生物濃縮は起きないか
がれき焼却灰の海面埋立を進める側は、海水中では生物濃縮が起きないと主張しているようである。
食物連鎖を通じて生物濃縮が起きることは、水俣病を通じて広く知られるところとなった。水俣病の原因物質である有機水銀(メチル水銀)は、食物連鎖を一段階上がるごとに約3000倍濃縮されたと言われている。
有機水銀の濃縮率が高いのは、それが有機物だからである。生物は有機物だから、摂取したものが有機物である場合、それを同類と判断して、あまり体から排出しようとしないため、体内に蓄積しやすい。有機水銀や有機塩素系農薬が生物の体内に蓄積し、被害をもたらしたのは、それが有機物の毒だからである。
しかし、無機物だからといって濃縮されないわけではない。濃縮率は有機物よりも低いものの、やはり濃縮される。
セシウムは、カリウムやナトリウムやマグネシウムと同様、海水中で負に帯電している塩素イオン等と結合して無機の塩類として存在する。
塩類は生物の体内にも含まれている。生物の体内の塩類濃度と生物の生息環境中の塩類濃度との関係は、生物が生きていけるか否かを左右するほど重要である。
子供時代にナメクジに塩をかけると縮むことを経験した人は多いであろう。ナメクジが縮むのは、ナメクジの体内の塩類濃度よりも体外の塩類濃度が高くなるために、ナメクジ内の水分が体外に浸み出すからである。
生体膜は半透膜の性質を持っている。半透膜とは一定の大きさ以下の分子またはイオンのみを透過させる膜である。半透膜を透過しない溶質と透過する溶媒とで半透膜を介して二種の濃度の溶液を接すると、低濃度のほうから高濃度のほうへと溶媒のみが透過する。つまり、溶媒は濃度差を緩和する方向に流れる。この現象を「浸透」と呼ぶ。
ナメクジと塩に即して言うと、塩をかければナメクジの体内の塩類濃度よりも体外の塩類濃度が高くなるから、ナメクジの生体膜を通じて水分(溶媒)が体外へと浸透する。
植物の根が重力に逆らって水を吸い上げることができるのも同じ原理に基づく。植物の体内の塩類濃度が体外の塩類濃度よりも高いために、水分が体内に浸透するのである。塩類が地中に集積して地中の塩類濃度が植物の体内の塩類濃度よりも高くなれば、逆に植物の体内の水分が地中に浸透することになる。そのため、植物は水分を奪われて枯れることになる。これが「塩害」あるいは「塩類集積」と呼ばれる現象である。
この浸透の原理に基づいて、セシウムなどの塩類の生物濃縮は海水中よりも淡水中で起こりやすくなる。
図3 淡水魚中と海水魚中の塩類の流れ
出典 http://www.jfa.maff.go.jp/j/kakou/Q_A/pdf/qanda_j.pdf
海水魚では、魚の体内の塩類濃度よりも海水中の塩類濃度が高いため、生体膜(皮膚)を通じては体内の水分が体外に浸透し、体内は水不足になる。そのため、魚は口から摂取した海水中から水分を取り入れ、塩類はあまり取り入れない。
他方、淡水魚では、魚の体内の塩類濃度が淡水中の塩類濃度よりも高いため、
生体膜を通じては淡水が体内に浸透し、体内は水膨れになる。そのため、魚は口から水分をあまり取り入れず、主として塩類を取り入れる。
したがって、塩類は、海水魚よりも淡水魚のほうに濃縮されやすいのである。
とはいえ、海産魚介類でも塩類の生物濃縮が起こらないわけではない。セシウムの濃縮係数は、淡水魚で400~3000倍、海水魚で5-100倍とされる。
海水魚介類可食部の濃縮係数は、表1に示すとおりである。ちなみに、ストロンチウムはカルシウムと似た物質であり、骨に蓄積しやすいため、可食部分の濃縮係数は魚全体の濃縮係数よりも著しく低くなることに留意が必要である。
表1 海産魚介類可食部の濃縮係数
元素
|
魚類
|
甲殻類 (エビ・カニ)
|
軟体類 (貝類)
|
頭足類 (イカ・タコ)
|
海藻類
|
Cs(セシウム)
|
100
|
50
|
60
|
9
|
50
|
Sr(ストロンチウム)
|
3
|
5
|
10
|
2
|
10
|
I(ヨウ素)
|
9
|
3
|
10
|
-
|
10000
|
出典:http://www.jf-net.ne.jp/fsgyoren/yagi_kaisetu.pdf
まとめ
以上のように、
①
廃棄物埋立に伴う海洋汚染を護岸で防ぐことは不可能である。
② 埋立地の地下水位の管理も海洋汚染を防げない
③ ゼオライトはイオン交換作用を持つため吸着されたセシウムが溶出する恐れがある。
④ セシウム等の放射性物質も生物濃縮する。濃縮係数は特に淡水魚において高い。
したがって、川崎市におけるがれき焼却灰の海面埋立が海洋汚染をもたらす可能性も、魚介類が放射能で汚染される可能性も否定することはできない。
熊本さんの見解書の紹介ありがとうございました。
返信削除感想を述べます。
1.コンクリートが完璧な遮水性をもってないだろうなとはおもってましたが、一年間に換算して32cmという具体的数値を示されたのでこれは意義あることと思います。
私は幼い頃、瀬戸内海の島に行くことが多かったのですがそこでは飲料水を水瓶に溜めてました。水はしみ出て来てそのしみ出た水の気化熱で水瓶の水が冷えるのだと聞いたことがあります。(余談)
熊本さんは一例として壁面積1m2あたり年間1m3を示されてますがこれは大変大きな値だと思います
。
2.ゼオライトがイオン交換性を持つという指摘は最重要性ポイントではないかと思います。これは海岸近くの埋め立て地に焼却灰を処分する場合の危険性を示すものですね。海岸近くの埋立地は駄目ということです。
セシウムがゼオライトから離れてしまい、セシウムが海水中に溶け出す!ということですから。
これは推測ではなく実験で確かめられていることなのか、確認をとっておいた方がいいと思います。根拠となる科学的データを川崎市に示す必要があります。
私はどうしてわざわざ乾いている汚染灰を、埋立地という湿ったというか、水分の多いところに廃棄するのかわかりません。
危険性を増大していくことになりますよね。溶け出すと言うことですから。
今まで出てきている焼却灰の量(重さ及び体積)を知りませんので(それと出続けている量)どなたか御存知の方、教えて下さい。放射能レベルもわかりましたらよろしく。
容器に入れて埋めていくということが可能な量なのかを想像する材料がない。
私は基本的には容器に入れての保管が正しい方法と思います。
もし、量が多いのであれば容積を少なくすることを考えていかなくてはいけないと思います。
と、ここまで書いてきたところで新たな疑問が湧いて来ました。
焼却場のゴミは何度で燃やされているのでしょうか?おそらくダイオキシン関連の物質を分解するために800度ぐらいで設定されているのでしょうか?
これはかなり高温です。
セシウムの沸点は641度なので、これ以上ですと気化してガスになっています。このままですと煙突から出て行ってしまっているはず。
出ていった煙の中のセシウムはたちまち固化して地上と海上に落下したはずですが・・・。
焼却設備の中の廃熱回収で(温水など)温度が下げられているとすると、たちまちセシウムは固化しておそらくバグフィルターなどに捕捉されていると考えるべきなのでしょうか。
今問題になっている焼却灰はバグフィルターからのものなのか、それとも燃え残った灰?おそらくバグフィルターと思われますがどなたか御存知のかた教えて下さい。
以上がとりとめなき感想です。
次回の川崎市との折衝はいつでしょうか?
PS:催さん、今回の熊本さんの論文(?)は催さんのブログに落とされてますが、もともとどのような形で出てきたのですか?
オリジナルな形でdatugenpatuのMLにもそのまま添付された方がシンプルでいいかと思います。印刷するときも簡単ですので。
以上
崔さん 高橋さん
返信削除いま、上関原発の件で光に来ていますので、取り急ぎ、ご返答します。
1.「一年間に32cmというのは透水係数の換算値で、透水速度は透水係数に水位差/厚さを乗じた値になります。水位差3m、厚さ1mならば、32cm×3/1 = 96cmになります。
2.セシウムを吸着したゼオライトが海水に漬かった場合には、セシウムが海水中に溶け出すはずですが、そのような実験はまだないと思います。セシウムを含まないゼオライトをセシウムに汚染された海水中に漬けた場合にセシウムを吸着するとの実験はあるようですが。前者の実験はあるとすれば川崎市ぐらいではないでしょうか。
この点に関し、大阪市民に送ったメールの一部を下に掲載します。
先程のメールでは、わかりにくくなるからと思って書きませんでしたが、ゼオライトに吸着されたセシウムが海中に溶出することに関し、それが平衡反応だからという理由があります。
平衡反応というのは、たとえばA + B → C という反応に即して言えば、
A + B → C
C → A+B
の両方が起こる結果、ある均衡に達するような反応です。上を順反応、下を逆反応と呼びます。順反応と逆反応とが両方同時に起こるような反応が平衡反応です。
ゼオライトにセシウムが吸着される反応に即して言えば、セシウムが吸着される反応と脱離する反応とが両方起こり、ある均衡に達するということです。
均衡点は、温度や圧力等によって変わります。溶媒によっても変わります。
均衡点は溶媒によっても変わります。
セシウムがたくさん吸着されたゼオライトをセシウムをわずかしか含まない海水中に入れると、吸着反応も脱離反応も両方起こり、結果として、ゼオライトの含むセシウム濃度は当初よりも低くなります。言い換えれば、その分だけセシウムが海水中に溶出することになります。
3.焼却の際のセシウムの挙動ですが、セシウムのままならば、ご指摘のように、気体として煙突から排出されている可能性が高いですが、環境省などは、焼却の際に塩素と反応して塩化セシウムになり、塩化セシウムの沸点・融点はセシウムに比べて低いですからバグフィルターに捕捉されるとしています。
それに対し、塩化セシウムになっていれば捕捉されるが、セシウムがセシウムのまま、あるいは塩化セシウム以外の形になっている可能性もあるではないか、と反論できると思います。
熊本一規